研究課題/領域番号 |
16K05503
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
大橋 洋士 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 教授 (60272134)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 非平衡状態 / フェルミ原子気体 / p波超流動 / クーパー対振幅 / 時間発展 / TDBdG方程式 / スピン軌道相互作用 / Feshbach共鳴 |
研究実績の概要 |
時間依存Bogoliubov-de Gennes(TDBdG)方程式を用い、フェルミ原子ガス超流動の引力相互作用がs波からp波に急変した後の超流動状態の時間発展を研究した。冷却フェルミ原子気体を念頭に、当該分野で近年実現された人工ゲージ場を用い、s波超流動状態中にp波のクーパー対振幅を誘起させておくと、相互作用をp波に変換した直後から大きなp波超流動秩序パラメータが得られ、系はp波超流動状態になることを理論的に明らかにした。(この系ではFeshbach共鳴により相互作用を磁場で制御することができる。)この手法を用いると、「p波クーパー対の寿命(5~20 ms)がp波凝縮体の成長に必要な時間(~100 ms)に比べ著しく短い」という、この系特有の困難が克服できるため、未だ実現されていないp波フェルミ原子ガス超流動を作り出せる可能性がある。更に、様々な状況での相互作用変換後の系の時間発展をTDBdG方程式の枠組みで数値的に研究し、大きなp波超流動秩序パラメータが得られる条件を明らかにした。 TDBdG方程式は相互作用の効果を平均場近似のレベルでしか取り扱うことができないが、本研究は非平衡状態での平均場近似を越えた理論研究も目指すため、その第一歩として、フェルミ原子ガスのBCS-BECクロスオーバー領域における(ずり)粘性率に対する強結合効果を、線型応答理論の枠組みで研究した。自己エネルギーとヴァ―テックス補正をコンシステントに取り扱う際、この領域での擬ギャップ現象の解明に有効な強結合T行列理論(TMA)ではヴァ―テックス補正部分に重大な問題が生じることを見出した。この部分は強結合BEC領域での粘性率に大きな寄与を与えることから、BCS-BECクロスオーバー全域でこの物理量を計算するには、近似レベルをTMAから自己無撞着T行列理論に引き上げる必要があることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題を達成するうえで非常に重要な理論である時間依存Bogoliubov-de Gennes(TDBdG)方程式の計算プログラムを作成、それをフェルミ原子ガス超流動に適用し、Feshbach共鳴により相互作用をs波型からp波型に急変させた後のp波秩序パラメータの時間発展を追跡、p波秩序パラメータが急速に成長することを明らかにすることができた。フェルミ原子ガスの分野では、2004年にs波超流動が実現して以来、p波超流動の実現が大きな課題となっているが、p波クーパー対の短寿命のため、未だ実現していない。本研究は、この困難を克服する一つの方法を理論的に提案しており、重要である。また、こうした相互作用の急速な変化に伴う秩序パラメータの時間発展がTDBdG方程式で解析可能であることが確認できたことで、本研究が目指すPBF機構(超流動転移後の対形成に伴うエネルギーの放出に起因する中性子星の冷却)の解明に対しても、この理論的枠組みが適用可能であることが分かり、今後の研究の方向性を定めることができた。 上記に加え、非平衡状態にあるフェルミ多体系における重要な物理量の一つである粘性率について、BCS-BECクロスオーバー領域における強結合効果を取り扱うために必要な理論的枠組みも明らかにしたことは、非平衡効果と強結合効果を共に加味した理論を今後構築していくうえで非常に重要な成果である。 以上より、現在までの進捗状況はおおむね順調に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度は通常のTDBdG方程式の枠組みでは扱うことができない、散逸、緩和の効果を取り入れ、理論を発展させることを目指す。一つのアプローチとしては、現象論的に減衰効果をTDBdG方程式に組み込む方法を模索する。もう一つのアプローチとしては、非平衡Green関数を用いた定式化を行い、着目系と環境との相互作用を通じ、こうした効果を取り入れることを目指す。後者のアプローチは励起子ポラリトン系で実現している非平衡凝縮状態の研究とも密接に関連しているので、その分野での知見も取り入れるようにする。 中性子星の冷却機構の一つであるPBF機構(pair breaking and formation process)をフェルミ原子ガスを用いて研究するには、対形成する2成分フェルミ原子気体に加え、ニュートリノ放出を記述する1成分フェルミ気体をも合わせた3成分系が必要である。そこで、これまでの2成分系の理論を3成分系に拡張する。そのうえで、上述の非平衡系の理論をこの系に適用し、PBF機構を冷却フェルミ原子気体でシミュレートできるか理論的に研究する。 平成28年度はフェルミ原子気体の粘性率に対する強結合効果の研究に必要な理論の枠組みを明らかにしたが、平成29年度は、実際にこの枠組みでBCS-BECクロスオーバー領域での粘性率を計算、当該分野で懸案となっている粘性率とエントロピー密度の比の下限値を求めることを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度に購入した数値計算用コンピュータの価格が、性能は同じでありながら申請時の額より安価で購入できたこと、および、2台購入のうち1台を他の科研費(新学術研究(公募))との共用で購入、効率的に運用したことで物品費の使用額が減少した。また、国際会議ICAP2016における航空券が安価で購入できたことで旅費が当初額より少なくて済み、両者の使用額の減少により次年度使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
前年度の成果を発展させるため、数値計算の非常が前年度以上に高まることが予想されること、および、それにともなってデータ処理も必要になることから、今年度の予算の一部と併せ、数値計算とデータ処理に使用するためのコンピュータを購入、課題研究の遂行に投入する計画である。
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備考 |
慶應義塾大学研究者情報(理工学部物理学科 大橋洋士) http://k-ris.keio.ac.jp/Profiles/123/0012288/profile.html
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