最終年度は,超臨界状態に至るまでと,超臨界状態での,エタノールと1-プロパノールの低振動数ラマン散乱について,資料の密度をパラメータとして再解析を行った。 密度の推定は,通常のラマン散乱のVVスペクトルのうち,水素結合が関係していない分子振動モードによる散乱の積分強度が,試料の密度に比例すると仮定して求めた。低振動数ラマン散乱のVHスペクトルには,感受率になおした後,数cm-1付近の最低振動数モードに2状態遷移模型に基づく緩和関数を,40cm-1付近のピークに対しては変形Gaussianをあてはめ,さらに高振動数領域には減衰振動モードをあてはめて,最小自乗フィットを行った。 最低振動数モードと40cm-1のモードの積分強度比は,密度に対する変化は小さかった。40cm-1のピークの振動数と線幅は密度に対してほぼ変化しなかった。最低振動数モードの緩和時間(=ピーク位置)は,超臨界に至るまでは変化せず,超臨界状態では密度が小さくなるにつれて増加した。 分子間振動や衝突によって,短時間でも離散的なエネルギー準位が決まる場合には,遷移の温度依存性が顕著ではないが,エネルギー準位が決まらない場合に顕著になるというのが現状の作業仮説である。離散準位の有無はスペクトルからだけではわからないが,Stokes/anti-Stokesの強度比が,およそ数cm-1以下で,離散準位を仮定して得られた熱因子からずれるという間接的な証拠がある。超臨界状態では蛍光のバックグラウンドがあるためずれを直接観測できないが,温度に敏感に依存する領域が,熱因子の形が変わる領域にほぼ対応しているということを,超臨界アルコールにおいて確認できた。
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