研究課題/領域番号 |
16K05645
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研究機関 | 電気通信大学 |
研究代表者 |
山北 佳宏 電気通信大学, 大学院情報理工学研究科, 准教授 (30272008)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 電子分光 / クラスター / アミノ酸 / 糖類 / 画像観測 / ペニングイオン化 |
研究実績の概要 |
【ペニング電子分光装置の高強度・高分解能化】平成28年度の前期にアミノ酸のペニング電子分光を実施し、後期にクラスターの実験に進むことができた。アミノ酸のような難揮発性分子を真空槽に導入するには、固体試料の拡散による真空装置の汚染が大きな問題となるが、非磁性の衝突室を設置し、固体試料遮蔽板、液体窒素トラップを設置することにより解決した。また、難揮発性分子の場合試料の密度を圧力計で見積もることが難しいが、この問題はHe*ビームの下流にファラデーカップを設置しHe*ビーム強度の減衰率で判定できるようにして解決した。クラスターの実験では、クラスター生成用真空槽の開発をほぼ終了し、ペニング電子分光装置と併用することにより (CO2)nクラスターを使った予備実験に成功した。 【表面電子と粒子間相互作用】分子内回転を有するベンゼン誘導体やアミノ酸などの系についてペニング電子分光を実施し、実測スペクトルと量子化学計算で分子内回転の安定性を調べた。分子内回転に非共有電子対が関与するベンゼン誘導体では、安定性に対する分子軌道の役割を明らかにした。アミノ酸の研究では、構造安定性に内部エネルギーだけではなくエントロピーが寄与していることを示した。 ペニングイオン化の反応断面積は、励起原子He*が近づくことのできる分子表面外により拡がっている分子軌道で大きくなる傾向がある。表面に張り出した電子密度を量子化学計算で見積もるモデルで、上記の系の実測スペクトルはおおむね良好な再現された。ただし、糖類の単量体であるグルコースの結果は、このモデルでは再現されないことが分かった。 【クラスターの質量分析】ランタノイドを含む原子分子クラスターの質量分析実験と量子化学計算を行い、正・負イオンクラスターのペニング電子分光を平成29年度以降に行うための知見を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
【ペニング電子分光装置の高強度・高分解能化】本研究課題の目的の一つは、高次構造を有する生体分子・機能分子多量体(オリゴマー)・気相クラスターの原子衝突実験を行い、表面電子分布と反応過程を解明することである。平成28年度は装置改良を行うことにより特にこれらに注力し、上記の研究対象のうち機能分子多量体を除く全ての系で成果が得られたことから、順調に進展していると判断される。しかし、当初計画されていた、追加励起によるHe*の高強度化と積算回路の改良による分解能の向上に関しては、経費の問題で十分実施できなかった。 【表面電子と粒子間相互作用】アミノ酸3種類と糖類1種についてペニング電子分光と量子化学計算で構造を議論し、さらに、分子内電荷の偏りが大きいと考えられる所謂プッシュプル型分子2種類について、興味深い成果が得られた。プッシュプル型分子では表面電子分布が偏っていることが特徴といえるが、これがスペクトル強度に顕著に現れるという新規な結果が得られた。当初予定していた核酸と多環芳香族炭化水素についての実験は、先行研究と重なることが判明したため行わなかった。これらについてはある程度結果が予期されるが、プッシュプル型分子の実験は予想外の結果であり物理学的な新規性が相対的に高い。 【クラスターの質量分析】クラスターの質量選別の実験については、平成29年度に予定されていた実験を実施することができ、当初計画を上回る進捗状況にある。また、クラスターの構造と反応性を解析するために行った量子化学計算では、予定されていなかった計算手法であるAFIR法を新たに採用した。計算方法を最先端とすることができたことは、次年度以降に有用と考えられる。また、気相イオン化反応の動力学をさらに効率的に研究することを念頭に、画像観測実験についての解説記事を出版した。
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今後の研究の推進方策 |
【ペニング電子分光装置の高強度・高分解能化】平成28年度に実施できなかったHe*の高強度化と積算回路の改良を暫時実施する。中性クラスターのペニング電子分光については、順調な進捗を保ちながら複数のクラスターについて実験を行う。現状の装置では、連続流としての (NO)n, (SO2)n等のクラスターについて実験を行うことができるが、その後はレーザー脱着法をはじめとするさらに微量の中性分子の気化技術を開発しつつ、後述するように極微量のクラスター実験へ進む。C60などのナノカーボンやTiO2などを含む機能クラスターやオリゴ機能分子などは、融点が300 ℃を超える高温となるため、新たな気化法の開発が必須である。本装置は、高価な市販品に依存しないながらも高感度を有している点に特徴があり、より広い範囲での応用につながる技術開発を行う。 【表面電子と粒子間相互作用】実験対象を、糖類多量体・核酸塩基対・大環状芳香族炭化水素等に拡張することを目指し、装置の最適化を徹底させていく。既に得られている成果については、着実に論文投稿を行う。糖類やプッシュプル型分子で得られた計算結果と合わない実測結果については、高次構造と反応動力学の観点からさらに研究を深める。スペクトルの再現性を確認しつつイオン化反応の詳細を検討する必要がある。 【クラスターの質量分析】正・負クラスターイオンの実験を行うには、極端に低い試料密度が問題になる。そこで、質量分析実験と量子化学計算を併用した研究を展開しつつ、ペニング電子分光の可能性を高める必要がある。例えば、M(CH3COCH3)n+のような配位クラスター正イオン、Cun-やSin-のような金属・半導体クラスター負イオンについて、クラスターイオンの生成源の開発を通じた質量分析実験を続け、発展的に光電子分光や画像観測の実験を展開する可能性を検討する。
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