近年の超短パルス高強度レーザー技術の向上により、多価イオン状態の分子が実験室レベルで生成され、その興味ある分子物性が様々な研究対象となっている。例えばパルスレーザーを用いて気体2価イオン分子を生成し、分子内の特定の結合を切断する試みが行われている。これら興味ある分子を理論的に解析することは、パルスレーザー研究の発展には必要不可欠であるが、従来の計算方法では多価イオン状態を再現することは非常に困難である。申請者はこれまで多電子伝播関数を用いて様々なイオン化分子の物性を調べてきた。そこで本研究では、申請者が構築した電子伝播関数を更に発展させ、多参照系を用いた二電子伝播関数を開発し、多価イオン状態分子の精密な物性解析手法の構築を目的とした。この目的のもとに、平成30年度は効率的に多参照系を生成するスピン対称化Hartree-Fock法の研究を重点的に進めた。 1985年にロシアのLuzanovによってRHFともUHFとも異なる、二参照系で構成されるスピン対称化Hartree-Fock方程式(SSHF)という新しい理論展開が提案された。しかし、その後全く進展が報告されず、何が問題であるか検討されていなかった。申請者は2年前からSSHFに興味を持ち、水素分子の解離過程ついて計算を行ったところ、水素分子の平衡核間距離においてFull-CIに近いエネルギーを示した(国際学会発表を参照)。計算結果の解析から、平衡核間距離におけるエネルギー安定性は、反平行なスピン分極構造が寄与していることが分かった。本年度はこの参照系を申請者の提案する新規多電子伝播関数へ導入する方法を模索した。
|