研究課題/領域番号 |
16K05657
|
研究機関 | 岡山大学 |
研究代表者 |
墨 智成 岡山大学, 異分野基礎科学研究所, 准教授 (40345955)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | タンパク質 / 自由エネルギープロファイル / 溶媒和自由エネルギー / 密度汎関数理論 / シニョリン / GCN4-p1 / 疎水性相互作用 / 圧力変性 |
研究実績の概要 |
タンパク質分子内および分子間のある距離を反応座標として、水中での自由エネルギープロファイルを効率的に計算する方法を開発した。この方法では、計算コストが低い連続体溶媒モデルを用いて、反応座標に沿ったumbrellaサンプリング法に基づく分子動力学シミュレーションを行い、それを一種の中間状態として用いて用いるために、自由エネルギープロファイルを計算する。 その次の手続きとして、連続体溶媒モデルによるMDシミュレーションで生成した各反応座標での構造に対して、我々が最近開発したReference-modified density-functional theory (RMDFT)を適用し、溶媒和自由エネルギーを計算し、自由エネルギー摂動計算を実施することにより、溶媒和による寄与を分子レベルで取り込む補正を自由エネルギープロファイルに対して行う。これにより、様々な温度および圧力下での自由エネルギープロファイルを計算可能になる。なお、連続体溶媒モデルでは高圧下に対応した計算は困難である。同様に自由エネルギー摂動法を適用し、ある反応座標上で固定した状態に対する過剰化学ポテンシャルおよび真空中でのタンパク質分子の自由エネルギープロファイルを計算することが可能であり、これにより自由エネルギープロファイルの分割を実現する。この解析のより、タンパク質フォールディングの駆動力を明らかにすることができる。 本手法をタンパク質のフォールディング過程における自由エネルギープロファイルの解析に適用し、溶媒効果と自由エネルギープロファイルの関係を明らかにする。本手法を10残基から成る人工タンパク質シニョリンに適用し、タンパク質の末端間距離を反応座標とした水中での自由エネルギープロファイルの温度および圧力による変化と溶媒和自由エネルギーによる寄与の解析を行った。現在はGCN4-p1のヘリックス間に働く疎水性相互作用の解析を進めている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
タンパク質等の大きな構造ゆらぎを持つ巨大分子に対して、ある特定の反応座標に沿って過剰化学ポテンシャルを計算するのは、全原子モデルを用いたMDシミュレーションでは極めて困難であり、これまでに実施された例は報告されていない。しかしながら、タンパク質フォールディングにおける溶媒による寄与を定量化するためには、過剰化学ポテンシャルの計算は必要不可欠であり、フォールディング駆動力を明らかにする第一歩となる。本研究では高精度でかつ高効率な自由エネルギープロファイル計算手法ならびにその構成要素である過剰化学ポテンシャルプロファイルおよび分子内自由エネルギープロファイを計算可能な方法を開発した。
本手法を、10残基から成る人工タンパク質シニョリンに適用し、タンパク質の末端間距離を反応座標をとした水中での自由エネルギープロファイルの高温変性および圧力変性における変化、および溶媒和自由エネルギーによる寄与を解析した。それにより、疎水性相互作用を含む溶媒誘起相互作用はむしろアンフォールド構造を安定化させており、フォールディングの駆動力は分子内相互作用に起因することが明らかとなった。温度上昇における熱変性では、溶媒誘起相互作用はアンフォールディングを抑制する効果を与えるが、それに対して分子内構造エントロピーが打ち勝つことにより、アンフォールド構造の安定性が増加することがわかった。一方高圧変性では、溶媒誘起相互作用における疎水性および親水性相互作用による寄与の両者がアンフォールド構造の高圧下での安定性に寄与することが明らかとなった。本研究成果はScientific Reportsに掲載された。
|
今後の研究の推進方策 |
ロイシンジッパーとして知られるGCN4-p1は、αヘリックス二量体によるコイルドコイル構造を有するタンパク質であり、疎水性残基が並ぶ面を会合させる形状の天然構造を持つ。従って疎水性相互作用の物理的起源を調べるためのモデルタンパク質として有効であると考え、研究を始めている。なお、シニョリンの計算結果から明らかとなった様に、自由エネルギーの分子内相互作用による寄与と溶媒和自由エネルギーによる寄与への分割から導かれる結論と、水中で出現する構造に基づき天然構造と変性構造のアンサンブルを生成し、分子内相互作用エネルギーと溶媒和自由エネルギーを単純にアンサンブル平均した量による結論は、定性的に一致することを確認した。GCN4-p1はシニョリンに比べ構造揺らぎが大きく、ヘリックス二量体解離に対する反応座標に沿った自由エネルギー計算の実施が難しかったため、後者の方法を適用することにした。そのため、水中でのGCN4-p1の10000nsの分子動力学シミュレーションを実施し、RMDFT法による10万構造に対する溶媒和自由エネルギー計算を進めている。それにより、分子内疎水コアを有するタンパク質においても、シニョリンと同様な天然構造安定性のメカニズムが得られるかどうか、検証を進めてゆく予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
前年度までの結果を受け、これまでに得られたタンパク質の天然構造安定性のメカニズムの一般性を検証するために、さらにもう一年研究を継続する必要が出てきたため。主な使用目的は論文投稿のための英文校正および論文投稿料として使う予定である。
|