研究課題/領域番号 |
16K05673
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研究機関 | 福岡大学 |
研究代表者 |
御園 雅俊 福岡大学, 理学部, 教授 (40314471)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 高分解能レーザー分光 / 光周波数コム / 分子スペクトル |
研究実績の概要 |
分子のエネルギー準位は、電子・振動・回転の階層構造をなしている。広い周波数範囲にわたって低い分解能で測定したスペクトルでは、電子・振動遷移が観測され、大局的なエネルギー準位構造を理解することができる。また、このスペクトルの1部を高分解能レーザー分光法によって回転線まで分離して測定すると、信号の微小なシフトや広がり、分裂等から、電子励起状態の詳細な構造やダイナミクスを理解することができる。これら「低分解能・広波長域」と「高分解能・狭波長域」の2つの分光計測を行うためには、高精度に制御されたモードが広周波数域に広がる光周波数コムが有効である。 本研究においては、平成28年度に、Erドープファイバーコムを製作した。また、当初の予定にはなかったことであるが、京都大学より単一モードTi:Sapphireレーザー、第2高調波発生装置、および超音速分子線レーザー分光装置を譲り受けた。単一モードTi:Sapphireレーザーの導入によって、当初予定していたヨウ素やナフタレンなどの小さい分子だけでなく、コロネンなどの多環芳香族化合物までを分光計測の対象とすることができるようになった。また、超音速分子線レーザー分光装置を利用した1光子遷移と、ドップラーフリー2光子吸収分光システムによる2光子遷移は励起状態の研究において相補的な関係にあるため、この点から見ても研究対象を大幅に広げることができたといえる。 平成29年度は、前年度に製作したErコムと、単一モードTi:Sapphireレーザー、第2高調波発生装置、および超音速分子線レーザー分光装置を統合した。このシステムは、ハードウェアだけでなく、これらの装置の有機的に連携した動作を可能とするソフトウェアを含む。このシステムを利用して、ペリレン分子等について予備的な測定を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度は、はじめにErドープファイバー光周波数コムの周波数安定化を行った。すなわち、GPS衛星に搭載されたセシウム原子時計からの基準信号を利用し、光周波数コムのモード間隔およびオフセット周波数を安定化した。制御システムを調整することによって、終日連続運転を可能にした。この光周波数コムが設置されている建物は、築45年で断熱、防振とも不安があるものなので、このような劣悪な環境下で上記の安定度が得られたのは大きな達成である。 この光周波数コムと、平成28年度に導入した単一モードTi:Sapphireレーザーを組み合わせて、高分解能分光システムを完成させた。これは、単一モードレーザーと光周波数コムとのビートをとり、音響光学周波数シフターを利用して制御することによって長時間の連続測定を行うものである。 完成したシステムを利用して、ペリレンなど多環芳香族化合物の高分解能分光計測の予備的実験を行った。サンプル分子は真空チャンバー内でパルスノズルから噴出することによって超音速分子線とした。これまでに、周波数分解能や信号対雑音比が不十分ながら、予備的なデータの測定に成功している。
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今後の研究の推進方策 |
上記の通り、現時点では実験システム各部の調整が不足しており、十分な周波数分解能や信号対雑音比が得られていない。平成30年度は、まず始めに、真空度などのチャンバー特性、超音速分子線の特性、単一モードレーザー光の第2高調波発生やサンプル蛍光の光子計数システムといった光学系の最適化を行い、我々の開発した高分解能分光システムが本来発揮できる周波数分解能や信号対雑音比を実現させる。 つぎに、完成した高分解能分光システムを利用して、多環芳香族化合物の本格的な分光計測を行う。具体的には、ペリレン、コロネン、ベンズアントラセン等を予定している。これらの分子の基底状態から第1励起状態への遷移波長は400 nm前後に分布している。これまでに導入して整備を行った単一モードTi:Sapphireレーザーから波長800 nm 前後の光を出力すれば、第2高調波を発生させて利用することができる。これらの分子のいくつかの振電バンドについて、我々の開発した高分解能分光システムを利用して回転線まで分離したスペクトルを測定する。得られたスペクトルの周波数軸は高分解能分光システムの構成要素であるErドープファイバー光周波数コムを利用して精確に校正する。これによって、これまでにない高精度な分光定数の決定が可能となる。また、回転スペクトルにおいて、信号線の規則性からのずれを精確に求めることができる。このずれは分子の励起状態における状態間相互作用の現れであるので、これを精確に求めることによって、励起状態におけるダイナミクスの詳細を解明することができる。 さらに、高分解能分光システム中のEr光周波数コムと、既設のTi:Sapphire光周波数コムとを組み合わせて分光光源として利用することにより、光周波数の概算値を決定する上で重要なモード次数の決定を行う手法を検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度に、京都大学より単一モードTi:Sapphireレーザーと超音速分子線レーザー分光装置を譲り受けた。これらの装置の立ち上げに時間を要したが、これは当初の予定にはなかったことであるため、本助成金を充てることはしなかった。このため、約130万円の次年度使用額が生じることとなった。平成29年度は、これらの譲り受けた装置とErファイバー光周波数コムとを組み合わせた分光システムの製作に本助成金を使用した。さらに、このシステムを利用した予備的な分光計測も行った。このため、次年度使用額が約30万円まで減少した。 平成30年度はペリレン、コロネン、ベンズアントラセン等の多環芳香族化合物について精密な分光計測を行い、活発な成果発表を行う。
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