研究課題/領域番号 |
16K05676
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
川島 雪生 国立研究開発法人理化学研究所, 計算科学研究機構, 研究員 (90452739)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 理論化学 / 水素結合 / 分子シミュレーション / 経路積分 / 原子核の量子揺らぎ |
研究実績の概要 |
これまでに、High Performance Computerで効率の高いシミュレーションを実行できる、分子科学計算ソフトウェアNTChemと経路積分分子動力学(PIMD)法を統合した階層的並列プログラムプラットフォームの開発を行ってきた。そして、このプラットフォームを利用することにより京コンピュータにおいて大規模分子シミュレーションが可能となった。この新しいプラットフォームを用いて、低障壁水素結合(LBHB)の存在が示唆されているperiplasmic phosphate binding protein (PPBP)のモデル分子で応用計算を行い、新プラットフォームの威力を実証することができている。 また、大規模水素結合系の効率の高い分子シミュレーションの実行を実現すべく、経路積分分子動力学(PIMD)法とマルチスケールシミュレーション手法であるHybrid Quantum Mechanics / Molecular Mechanics(QM/MM)法を組み合わせることにより、階層的並列プログラムプラットフォームの深化を図った。QM/MM法のプログラムの開発に成功し、プラットフォームの適用範囲を拡大することに成功した。現在、photoactive yellow protein(PYP)分子の水素結合の性質を明らかにするために、PYP分子の大規模分子シミュレーションを実行中である。 さらに、周期境界条件のQM/MM法を開発し、そのプログラムをSMASHソフトウェアに実装した。このプログラムと開発中の階層的並列プログラムプラットフォームと連携させることに成功し、より信頼性の高い分子シミュレーションを実行できるようになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、High Performance Computerで効率の高いシミュレーションを実行できる階層的並列プログラムプラットフォームの開発を行い、効率の高いシミュレーションを実行することにより、大規模水素結合系における原子核の量子効果を明らかにすることを目的としている。 2017年度は予定通り、大規模水素結合系の効率の高い分子シミュレーションの実行を実現するために、経路積分分子動力学(PIMD)法とマルチスケールシミュレーション手法であるHybrid Quantum Mechanics / Molecular Mechanics(QM/MM)法を組み合わせた計算プログラムの開発を行った。その開発を終え、階層的並列プログラムプラットフォームのさらなる深化に成功している。また、現在photoactive yellow protein(PYP)分子の大規模分子シミュレーションをHigh Performance Computer環境で実行中であり、プラットフォームの威力を示すことができつつある。 また、当初の予定にはなかった周期境界条件のQM/MM法の開発にも成功している。既存の手法では分子系を溶媒分子で満たした液滴モデルを用いたシミュレーションしか実行できなかったが、新しい手法を用いれば、古典分子動力学シミュレーションと同様に、周期境界条件を課した箱を用いてシミュレーションを実行することが可能となった。古典分子動力学シミュレーションと量子化学計算や経路積分分子動力学シミュレーションの連携を容易にすることができた。 本課題は順調に進んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに開発してきた階層的並列プログラムプラットフォームを用いて大規模水素結合系の水素結合の性質を明らかにするためにHigh Performance Computer環境にて大規模分子シミュレーションを実行している。 2018年度はこの大規模分子シミュレーションを引き続き実行する。終了したのちに、シミュレーションの結果を解析し、大規模水素結合系の水素結合の性質を明らかにする。 具体的な研究として、Photoactive Yellow Protein (PYP)の低障壁水素結合のシミュレーションを挙げる。PYPの発色団近傍に通常の水素結合よりも結合長が短く、プロトンが水素結合の中央に位置する低障壁水素結合の存在が実験的に示唆された。一方、理論計算では否定的な知見が得られており、その存在の是非が注目されている。そこでPYP分子のシミュレーションを実行し、水素結合の構造の解析を行う予定である。LBHBの存在の是非を明らかにし、これまでの論争に終止符を打つ所存である。 その他にも低障壁水素結合(LBHB)の存在が示唆されているperiplasmic phosphate binding protein (PPBP)の水素結合について生体環境を反映させた分子シミュレーションを実施する予定である。分子内にLBHBが存在するとされているPPBPはリン酸とヒ酸を識別し、毒性の高いヒ酸を生体内から取り出す機能を有することが報告されている。また、タンパク質と酸の間に水素結合を形成するが、その水素結合がLBHBであり、LBHBがリン酸とヒ酸を識別することが示唆されている。そこで、タンパク質-リン酸間のタンパク質-ヒ酸間の水素結合とにおける原子核の量子揺らぎの効果を明らかにし、PPBPのリン酸とヒ酸を識別し、毒性の高いヒ酸を生体内から取り出す機能のメカニズムを明らかにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初、大規模分子シミュレーションを実行するために、大学などの共同利用施設のHigh Performance Computerのmachine timeを購入する予定であった。しかし、当初の予定にはなかった周期境界条件を課したhybrid Quantum Mechanics/Molecular Mechanics法の開発を行ったため、大規模分子シミュレーションの実行を次年度へと持ち越した。そこで、次年度に大規模分子シミュレーションの実行を行うべく、High Performance Computerのmachine timeを購入する予定である。
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