研究課題/領域番号 |
16K05696
|
研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
根平 達夫 広島大学, 総合科学研究科, 准教授 (60321692)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 円二色性 / タンパク質 / 蛍光 |
研究実績の概要 |
本研究の大きな目的は、研究代表者の開発した楕円鏡型蛍光検出円二色性(FDCD)測定装置を用いて、有機小分子やタンパク質の立体構造解析に適用可能な、全く新しい迅速で簡便な方法の開発である。この目標へ近づくために、有機小分子においてFDCDをどのようにCDと差別化して活用できるか、FDCD をタンパク質に適用した場合に「立体構造のピンポイント解析法」としてどう確立するか、という課題を設定した。 有機小分子に関する研究代表者らの実験から、励起子キラリティー系の単純な分子でもFDCDが透過光CDと異なる曲線を与える例が明らかになり、現在のFDCD理論はいくらかの修正が必要なことが示唆されている。また、基本分子の一つであるトリプトファン(Trp)のFDCDスペクトルも、透過光CDとは異なる曲線を与えた。現在はFDCD理論の修正点を明確にするため、量子化学計算により関連分子の電子遷移モーメントの詳細な解析を進めている。 タンパク質の局所構造をピンポイント解析できる可能性は、研究代表者らの先行研究でもいくつかのタンパク質から示唆された。この可能性は前述のFDCD理論でも言及されているが、この理論は考察から導出されたもので、実験的にはまだ証明が不充分である。本研究では先行研究を受けて、内在性の蛍光アミノ酸残基であるトリプトファン(Trp)に着目し、Trp含有ペプチドによる系統的なライブラリーによりFDCDの解析を進めている。この中で、蛍光基周辺の局所構造をFDCDとしてどう定義するかが重要と考え、固相合成によって系統的に用意した様々なTrp含有オリゴペプチドのFDCDを解析した。現在までに、TrpのC末端側のペプチド鎖伸長によりFDCDは変化するが、N末端側のペプチド鎖は影響しないことが示された。さらにペプチド鎖がFDCDに影響するのは、ペプチド結合部分に絞り込めることも分かった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
タンパク質の新しい立体構造解析法の確立を目指す先行研究において、CDでは追跡しにくい三次構造の変性を本研究で注目するFDCDにより追跡できることが示唆されている。本年度はこれを受け、タンパク質内在性の蛍光性アミノ酸であるトリプトファン(Trp)に関連するFDCDスペクトルを解析した。 長く知られるFDCD理論に基づき、有機小分子のFDCDは多少なりとも従来からある透過光CDの波形を反映するものと予想されたが、実際のTrpのFDCDスペクトルはCD とは異なる波形を示した。CDのピークは2つの近紫外吸収領域のうち215 nmで正のCotton効果を示すが、280 nmでは見られない。これをFDCDで観測すると215 nmではなく235 nmに正のピークが見られた。これは考察のみから導かれた既知のFDCD理論は修正が必要であることを示唆しており、現在は量子化学計算により、分子軌道の相互作用から実験結果を合理的に説明できるメカニズムを模索している。 これと並行して、タンパク質の立体構造の変化を単純な実験系で再現すべく、系統的なTrp含有ペプチドを合成して編成したライブラリーのFDCDスペクトルを解析した。この結果、Trp含有タンパク質では、立体構造変化は235 nmに観測されるTrp由来の単一ピークの強度変化として集約されること、この変化はTrpのC末端側でのペプチド鎖伸長にのみ依存し、N末端側のペプチド鎖は影響しないことが分かっている。この単一ピークへの集約を解くと同時に、上で述べた既知のFDCD理論を修正する道筋として、現在は蛍光ラベル化によりエネルギー移動を利用する方法の検討を開始した。
|
今後の研究の推進方策 |
通常の透過光CDスペクトルでは215 nmにCotton効果を示すTrpが、研究代表者らの開発したアーティファクトのないFDCD測定装置では、CDと異なる235 nmに正のピークを示した。現在のFDCD理論はこれを合理的に説明できるものではないため、既知のFDCD理論は修正が必要と考えられる。本研究ではここまでに、量子化学計算によって得られる分子軌道がCDスペクトルをよく再現できている。これを起点として、量子化学的に予測される分子軌道を一つひとつ解析することによって、現在のTrp含有ペプチドのFDCDスペクトルをよく再現する電子遷移を抽出する。この分子軌道の予測と再構築の方法によって、有機小分子からオリゴペプチドまでのCDおよびFDCDスペクトルをよく説明する合理的な説明を見出し、FDCD理論を再構築する。 これと並行して実験的な検討として、蛍光ラベルを導入したオリゴペプチドのライブラリーを合成する。蛍光ラベルの特性を利用することで、ペプチド鎖由来の相互作用と芳香族性残基由来の相互作用を実験的に分離し、理論的に予想されている2つのFDCD(蛍光基周辺の局所立体構造のFDCD と離れた複数の局所構造間の相互作用によるFDCD)のそれぞれを独立に観測する方法を検討する。オリゴプロリンの棒状配座を利用してモデルペプチドの長さを変え、蛍光基としてキラルドナーとアキラルアクセプターを擁したFRETモデルを採用し、ペプチドの長さを制御することでFRETの効率を変化させ、キラルドナーの特徴的なFDCDスペクトルがアキラルなアクセプターからどのように観測されるかを評価する。理論的に期待されている蛍光エネルギー移動の関与はこれまで実験で証明された例がなく、本研究で初めて証明されることになる。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本研究で使用するFDCDの測定は、2005年に日本分光との共同研究として独自に開発した測定装置を使用しており、この装置は現在でも改良を続けている。今年度も試料溶液の少量化を目指して試料セルを試作したところ、納品時期が年度を越えてしまった。試料セルはすでに発注済みであり、使用金額も決定している。
|
次年度使用額の使用計画 |
すでに発注済みの試料セルなので、納品され次第、速やかに支払手続する予定である。
|