前年度の研究を発展させて,表題錯体の合成手法を開発するとともに,それら錯体を不活性な結合や分子を変換する触媒として活用する検討を行い,以下の(1)-(3)の成果が得られた。 (1) シリル配位子部分とN-複素環式カルベン(NHC)を含むキレート配位子の前駆体として,窒素上に(ヒドロシリル)メチル基を持つNHC誘導体Aを,イミダゾリウム塩(前年度の研究で合成)と塩基との反応により合成・単離した。次に,誘導体Aと1価のイリジウム前駆錯体とを反応させたところ,配位子置換とSi-H酸化的付加が起こり,シリル-NHCキレート配位子を持つ錯体が得られた。今後,NHC誘導体Aを活用することで,様々な種類の中心金属を持つシリル(NHC)錯体の合成を検討する予定である。 (2) シリル-NHC-ピリジンピンサー配位子を持つルテニウム錯体が,低反応性の小分子である二酸化炭素のトリエチルシランとのヒドロシリル化反応(ギ酸トリエチルシリルが生成する)の触媒となることがわかった。この反応は,室温・常圧の温和な条件下で進行する特長を持ち,シリル配位子部分の高いσ供与性により金属上での二酸化炭素の活性化が円滑に起こっていることが示唆される。 (3) ビス(シリル)キサンテンキレート配位子を持つイリジウム(クロリド)(ジヒドリド)錯体とメチルアルミニウム試薬の混合物を触媒として用いることで,トリシクロヘキシルホスフィンが過剰量のベンゼン-d6とのH/D交換により重水素化されることを見出した。本反応は60 ℃という比較的温和な条件下で進行し,各々のシクロヘキシル基にある主に3つの水素が位置選択的に重水素化される。この結果から,シリルキレート錯体触媒が,芳香環のsp2-C-H結合(前年度までの研究でその変換反応を開発)よりも切断困難なアルキル基のsp3-C-H結合を変換する反応に利用できることが実証された。
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