研究実績の概要 |
平成28年度の研究結果を踏まえて、平成29年度はチオラート鉄カルボニル錯体の安定性改善と光誘起一酸化炭素脱離機構の解明に向けた研究を行い、以下の研究成果を得た。 (1)チオラート配位子をN,C,S-三座配位子からN,N,C,S-四座配位子あるいはP,N,C,S-四座配位子に変更し、それらの二核鉄カルボニル錯体を用いて、水素分子との反応を行った。水素雰囲気下、二核鉄錯体をジホスフィンとともに反応させることで、当初期待していたメタラサイクル錯体化学種とは異なるものの、ヒドリド種の生成を確認した。そこでアセトフェノンを基質として水素化反応を試みたが、現在のところ水素化生成物は得られておらず、反応条件を検討中である。また、S,N,C,S-四座配位子についても新規鉄錯体を合成し、国際誌(Polyhedron)に報告した。 (2)単環チオフェンにキノリル基を導入した配位子前駆体を用いて、N,C,S-三座配位子をもつ二核鉄あるいは三核鉄カルボニル錯体を合成した。この反応において、硫黄に隣接する炭素上の置換基が脱硫反応を阻害するのに有効であることを明らかにした。また、キノリル基を導入することでチオラートを含むメタラサイクル錯体が安定化されることがわかった。この成果を国際誌(Organometallics)に報告した。現在、二核鉄錯体とホスフィン類の反応によりN,C,S-ピンサー鉄カルボニル錯体の合成を進めている。 (3)配位不飽和錯体形成の鍵となる光誘起CO脱離反応について、実験と計算の両面から研究を進めた。照射光の波長と反応量子収率の関係を調査し、軸位のリン配位子のπ受容性増大が有効励起波長の長波長化に有効であることを明らかにした。また、DFT計算の結果を含めて総合的に解析することで、CO脱離に有効な遷移の帰属を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
N,C,S-ピンサー鉄(III)錯体の光照射によるCO脱離反応について、実験と計算の両面から研究を進め、軸配位子のπ受容性と有効な遷移の関係を解明することができた。この成果は今後の分子設計において非常に有用な指針となる。一方、水素化反応に関しては、ヒドリド錯体の生成は認められるものの、触媒的水素化反応には至っていない。そこでチオラートメタラサイクル錯体の安定性を改善するため、新規配位子を用いた鉄錯体の開発を進め、その一部を論文として報告することができた。総合的に判断すると、おおむね順調に進んでいるといえる。
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