ラジカルSAM酵素の活性部位にある[4Fe-4S]クラスターは、3つの鉄原子がシステイン残基を介してタンパク質に固定され、残り1つの鉄が基質分子の結合サイトとなる。キュバン型構造を持つ合成クラスターの[1Ru-3Ir-4S]は、3つのイリジウム原子がシクロペンタジエニル配位子でキャップされ、残りのルテニウムだけが配位活性サイトであるという点で、前記の[4Fe-4S]部位と類似している。酸化状態が[1Ru(II)-3Ir(III)-4S]の前駆体を等モルのヨウ素で処理すると形式酸化数が[1Ru(IV)-3Ir(III)-4S]となり、そのキュバン型骨格のルテニウムサイトにおいてヨード配位子で架橋された二量体として得られた。これをコバルトセンを用いて還元すると、キュバン型骨格あたり1電子の還元とヨウ化物イオンの脱離とを経て、2つのキュバン型骨格が融合した。このように四核クラスターが二量化して八核クラスターが形成される過程は、窒素固定酵素中にある多核クラスターの生合成経路としても提案されている。 キュバン型[1Ru(IV)-3Ir(III)-4S]クラスター二量体は、ヒドラジンの還元において触媒活性を示した。添加物を加えない反応系では、ヒドラジンが室温で不均化し、アンモニアと窒素ガスに変換された。還元剤のコバルトセンをプロトン源とともに加えると、反応は加速し良好な収率でアンモニアが生成した。還元剤不在下で有機ヒドラジンと反応させると、ルテニウム上に有機ヒドラジンが配位したキュバン単量体が生成することから、触媒反応は単独のキュバンユニット上で進行していると推定された。本クラスターによるSAM類縁基質(スルホニウム塩)の還元反応を検討することによって、この研究課題をまとめる予定である。
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