本研究では、反対荷電をもつ多糖同士からなるポリイオンコンプレックス(PIC)の加熱延伸によって得られる複合フィルムについて、PIC がフィルムの形態へと成型される機構を明らかにし、その知見を基に延伸方向に対して高い機械的・機能的異方性をもつフィルムを作製することを目的とする。PIC 内およびPIC 間の分子間相互作用に注目し、(1)多糖の化学構造、(2)PIC ゲルの作製方法、(3)加熱延伸条件、の3 つの因子に注目して検討を進めてきた。最終年度である本年度は、前年度に続き(2)に関する実験として、PICゲルに対する塩処理の効果について複数種の塩を用いて系統的に評価した。その結果、処理後のゲルの含水率や動的粘弾性などが塩の種類により制御可能であることが示された。一方でそれらゲルから加熱延伸法により作製したフィルムの力学的異方性に関しては、ゲルの処理による顕著な効果を確認することはできなかった。また塩処理と脱塩処理を組み合わせることでゲル中のPIC構造の再配向による緻密化を目指した系においては、1年目に主に検討したPICゲルに対するミキサーミル(購入備品)による高速剪断処理を組み合わせた系についても検討を行い、処理順序がゲルやフィルムの物性に影響を与えることが見出された。多糖PICの別の成形形態として、マイクロ流体化学を用いたチューブ状構造の作製についても検討を進めた。この他これまで主に進めてきたコンドロイチン硫酸とキトサンのPICに加え、ヒアルロン酸とキトサンのPICについても(1)(2)両因子の効果という点から塩処理-脱塩処理の効果についてフィルムの力学特性などを評価した。以上の成果は学会等で発表し、論文執筆を進めている。また本研究を通じて明らかとなったPICゲルの物性変化がフィルムの物性変化に効率良く転写されない点は、新たな研究計画の着想へとつながった。
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