研究実績の概要 |
近年,生命科学の研究で用いられる蛍光分析試薬の重要性が増している。特に,ヘモグロビンや水の吸収の影響を受けない650 nm~900 nm の波長領域で発光する赤色蛍光試薬が重要とされている。しかし,従来の蛍光試薬は水環境中では蛍光量子収率(Φf)の値が小さく輝度(明るさ)が足りないという欠点がある。 そこで本研究では,輝度がΦfとモル吸光係数(ε)の積(Φf・ε)に比例することに着目し,εとΦfの値が大きく,溶媒によって吸収・蛍光波長の変化の小さいBODIPY誘導体をエネルギードナー(D),赤色蛍光を示し,分子内電解移動(ICT)型で溶媒極性に応答して,吸収・蛍光波長が正のソルバトクロミズムを示すトリプタンスリン誘導体をエネルギーアクセプター(A)とし,DとAをポリエーテル鎖でつないだ系を合成し,フェルスター型エネルギー移動(FRET)を利用した“高輝度”赤色蛍光分析試薬の開発を計画した。 その結果,各種溶媒中で分子内のFRETが起ることが示唆されたが,Aの蛍光強度の著しい増大は観測されなかった。また,輝度はΦfとεの積Φf・εに比例するが,FRETの起こる系では,Dのモル吸光係数の値の大きさに関わらず,Aの輝度はAのモル吸光係数とAの蛍光量子収率の積に基づくことがわかった。 また,トリプタンスリン誘導体がD,BODIPY誘導体がAである系も合成し,低極性溶媒中では、DからAへの分子内FRETが確認されたが,極性溶媒中では,DとAが入れ替わり,BODIPY誘導体からトリプタンスリン誘導体への,逆のFRETも起こることを示唆する結果が得られた。この系を用いて,金属イオンに対する応答性についてアセトニトリル溶液中で調べたところ,FRETのonからoffによる蛍光スペクトルの変化によりCu2+, Fe3+, Al3+の蛍光検出が可能であることなどがわかった。
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