本研究は、ベシクル(球状脂質二分子膜)を反応場とする従来に例のない水の光分解反応系を構築することを目的として、水の酸化機能をもつ触媒と、還元機能をもつ触媒をそれぞれ内包させたベシクルの混合系を検討するものである。水の酸化機能をもつ分子触媒は種類も限られており、また当研究室ではすでに、ベシクル疎水場に取り込ませた長鎖アルキル基をもつルテニウム錯体を触媒として、外水相に配置した別のルテニウム錯体を増感剤とする光酸素発生系の構築に成功している。このため、本研究の遂行にはこの系と協働的に機能する光水素発生系の創出が必須と考え、光水素発生系の開発を中心的な課題とした。 今年度は特に、イリジウム錯体を増感剤として用いる可能性について検討を行った。具体的には、可視光吸収能に優れたクマリン6を主配位子とし、励起状態の長寿命化を目的としてピレン部位を連結させた新規増感剤の合成とその光水素発生系への適用、および増感剤-触媒間の電子移動効率の向上を期待してそれらを連結した二核錯体の合成とその光触媒機能を調査した。ピレン部位を連結したイリジウム錯体については、ピレンを一つ及び二つ置換した錯体の合成に成功し、極性溶媒中でも数十マイクロ秒の長い寿命成分をもつことが確認された。コバルト錯体を触媒とする光水素発生反応の増感剤として機能することも判明し、ベシクルにも取り込まれることが確認された。一方、増感剤と触媒を連結させたイリジウム-コバルト二核錯体についてもその合成に成功し、BIHを犠牲試薬とする光水素発生反応の光触媒として機能することが確認された。 これらの光水素発生系の発展にもかかわらず、本研究の最終目的である水の光分解反応系を創出するには至らなかった。これは光水素発生系と光酸素発生系の連結に問題があるものと推察されるため、今後は電子伝達体を用いて二つの系を連結する反応系を検討する計画である。
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