研究課題/領域番号 |
16K05914
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
古賀 毅 京都大学, 工学研究科, 教授 (80303866)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ゲル / シミュレーション / 理論 / 環動ゲル / テトラPEGゲル / 犠牲結合 / 力学物性 / 溶媒透過性 |
研究実績の概要 |
本研究課題では,申請者が会合性高分子の形成する物理架橋ゲルの粘弾性的性質を研究するために発展させてきた「組み替えネットワーク理論」と分子動力学シミュレーション(Molecular Dynamics for Associating Polymers: MDAP)法を,最近急速に研究・開発が進んでいる高強度・高延伸性を有する高性能ゲル(環動ゲル,テトラPEGゲル,ダブルネットワークゲル,ナノコンポジットゲルなど)に適用し,これらの系で特徴的な力学物性を生み出している分子論的メカニズムを解明することを目的としており,これまでの研究で以下の成果を得た. 平成28年度は,ポリエチレングリコール鎖にシクロデキストリンが包接したポリロタキサンを架橋して形成した環動ゲルの力学物性と溶媒透過性の分子機構に関する研究を行った. 力学物性に関しては,分子シミュレーションと理論解析により二軸伸長時の応力挙動の研究を行い,化学架橋ゲルでは鎖の伸びきり効果のためにガウス鎖の結果から大きく外れること,環動ゲルの二軸伸長時の応力挙動は架橋点の移動によりガウス鎖の結果と近くなることが分かった. 溶媒透過性に関しては,シミュレーションにより,系中のゲルの架橋率を変えて異なる圧力勾配に対する流速を計算した.ある閾値となる圧力勾配を境に流速が急激に増加するという実験の傾向と一致する結果が得られた.シミュレーション結果を詳細に解析したところ,流速が大きい領域では,シクロデキストリンが鎖に沿って移動することにより長い部分鎖の割合が増加し,ネットワークに大きな穴のあいた構造が形成されることが分かった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度は,PEG(ポリエチレングリコール)鎖にシクロデキストリン(CD)が包接したポリロタキサンを架橋して形成した環動ゲルの力学物性と溶媒透過性の分子機構に関する研究を行った. シミュレーションでは高分子鎖をバネ・ビーズモデルで表した.PEGが貫通しているシクロデキストリンを架橋用ビーズで表した.これを非線形バネで主鎖ビーズのプリミティブパスにつなげることで,架橋用ビーズは鎖上を動くことができる.異なるポリマーに属する架橋用ビーズ同士を非線形バネでつなげることで架橋した.このモデルを用いて,ブラウニアン・ダイナミクス法により二段階の二軸伸張を行って応力を計算した.ここで,架橋ビーズが主鎖に沿って滑るモデルをslipモデル,滑らないモデルをnon-slipモデルと呼ぶ.シミュレーションの結果,non-slipモデルはneo-Hookeanモデルから上に外れた形をしており,一方slipモデルはneo-Hookeanモデルとほぼ同じ形を示した.この傾向は実験の二軸伸張の応力測定の結果と一致している. 次に理論モデルによる解析を行った.正四面体の4つの頂点にそれぞれの両端が固定されている2本の高分子鎖を考え,2本の高分子鎖の中間点をつなげたモデルをnon-slipモデル,高分子鎖を十分に小さい径を持つリングで束ねたモデルをslipモデルとする.理論解析の結果,鎖の伸びきり効果を導入するとnon-slipモデルとslipモデルの差が顕著に表れるということがわかった. 溶媒透過性に関しては,系中のゲルの架橋率を変えて,異なる圧力勾配に対する流速vを計算した.ある圧力勾配を境にvが急激に増加し,実験の傾向と一致した.流速が大きい領域では,CDの動きにより長い部分鎖の割合が増え,ネットワークに大きな穴のあいた構造が形成されることが分かった.
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度以降は,当初の計画通りに,テトラPEGゲルの構造と物性の相関の解明,犠牲結合による高強度化機構の解明を行う.テトラPEGゲルの構造と物性の相関の解明に関しては,(1)まず,末端に異なる官能基を有する2種類の四分岐高分子をバネ・ビーズモデルにより作成する.(2)実験と同様に異種官能基間で反応が起こるとして,架橋濃度を変化させながら反応プロセスのシミュレーションを行う.(3)実験では,理想的なネットワークに近い構造が形成されると報告されているが,実際には2分子間に欠陥が生じる可能性があるので,2分子間の結合状態を4種類に分類し,結合状態の架橋濃度依存性を検討する.(4)反応により形成したネットワークの構造解析を行い,弾性有効架橋点数,弾性有効鎖数,弾性有効鎖長分布などを算出する.(5)反応により形成したネットワークに等方膨潤を行い,平衡膨潤状態を決定する.(6)得られた平衡膨潤状態を出発点として,一軸伸長を行い,弾性率を算出する.(7)得られた弾性率と構造解析結果を比較し,ネットワークの構造と力学物性の関係を明らかにする. 本研究はこれまでの実績と十分な予備的検討の上に計画されているので,ネットワークを形成し,力学測定を行い,その分子機構を解析する上では,困難はないと考えられる.しかし,犠牲結合のように高分子鎖間や官能基間での相互作用が重要となる場合には,その相互作用の精密化が必要にある可能性がある.相互作用の詳細が重要だと考えられる場合には,対象となる分子間の状態をMaterial Studio(Biovia社)を用いた全原子シミュレーションにより詳しく解析し,モデルの精密化を行う.
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度は,当初計算機シミュレーション用にワークステーションの購入を考えていたが,計算効率の良いアルゴリズムを開発できたことで,より安価な計算機での計算の実行が可能となったので,差額を翌年度分として請求した方が良いと判断したため.
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度は,計算機シミュレーションを用いた研究が重要となり,負荷の大きな計算が多くなるので,前年度に翌年度分として請求した金額を合わせて,計算機シミュレーション用の計算機の充実を図り,シミュレーションによる研究を推進する予定である.
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