本研究の目的は,ポンプなどの流体機械でしばしば発生して問題となる,液体から気体への相変化を伴う流動現象(キャビテーション)について,その発生の初期段階における非常に小さな気泡群(気泡核群)のサイズ分布の形成過程とその支配法則を,分子シミュレーションと理論解析によって明らかにすることである.平成29年度までの研究により,不純物の混入がない単成分系の液体酸素の場合,分子シミュレーションにより模擬された気泡核群の代表長さ(平均気泡核径)は概ね時間の0.5乗に従う成長特性(時間スケーリング則)を示すこと,また,この特性が計算領域の大きさによらず成立することがわかった.この点を踏まえ,最終年度となる平成30年度は,代表的な二成分系流体の一つである液体空気を対象として,単成分系の場合と同様の分子シミュレーションを行い,単成分系ならびに二成分系の共通点ないしは相違点を評価した.その結果,少なくとも液体空気の場合には,気泡核群の代表長さ(平均気泡核径)は単成分系の場合と同様,時間の0.5乗に概ね従う成長特性(時間スケーリング則)を示すことがわかった.また,この特性は窒素と酸素の濃度比によらず,概ね成り立つことが確認された.平成29年度までの研究により,単成分系流体における0.5乗という指数は,相対的に大きなサイズの気泡核の成長が,気泡核の表面における蒸発によって駆動されることに対応することがわかってきていたが,少なくとも液体空気の場合には,単成分系(液体酸素)と同様の気泡核成長,ひいてはサイズ分布の形成が生じ得ることが強く示唆された.これまで,液体空気の場合には,(蒸発ではなく)窒素または酸素の物質拡散が気泡核の成長を支配し得ることも予想されていたが,単成分系の液体酸素と概ね変わらない気泡核の成長,ひいてはサイズ分布の形成が生じ得ることを予測した点が,本研究成果の意義の一つである.
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