電子顕微鏡の分解能を制限している要因の一つにレンズの不完全さによるボケ(収差)が挙げられる。このボケ(収差)を取り除くため、レンズの性能を高める収差補正器をより多くの走査電子顕微鏡に搭載できるようにするためシンプルな構成の収差補正器を提案した。平行な直線電流をレンズの中心(光軸)に対して回転対称に配置すると磁気多極子と類似の磁界を発生できることに着目し、これをSYLC(Symmetric Line Currens)と名付けた。わずか2本の平行直線電流を回転対称位置に配置すれば磁極が4つの4極子相当、3本を配置すれば磁極が6個の6極子相当の磁界を発生できる。これは磁性体を用いないシンプルな構造であり、磁性体に起因する様々な問題(ヒステリシス、加工精度、コストなど)がない。 収差補正器として性能を高めるためには、その重要な特性量である非常に多くの種類の収差係数を求め、それらの値が小さくなるような構成を探さなければならない。そのために微分代数という新しい数学的手法を用いたシミュレーションツールの開発を行った。微分代数では従来手法では非常に複雑な解析式を解かなければ求められなかった高い次数の収差を形式的な代数演算にて求められる利点があり、新しい光学系であるSYLCの収差計算を効率的に進めることができた。 この手法を用いてレンズ形状に起因する球面収差のみならず5次収差と呼ばれる僅かな収差まで補正することやSYLCのシンプルな構成を生かしたコンパクトなインレンズと呼ぶ収差補正器の構成を提案した。さらに、走査電子顕微鏡では電子を加速する電圧が低いため電子線エネルギーの揺らぎに起因するボケである色収差が無視できず、これも同時に抑制する必要がある。これに対してSYLCを構成する直線電流を流す導線に電圧を加えその電位を制御し、色収差も同時に抑制できる収差補正器を構成できることがわかった。
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