本研究課題の目的は,結晶構造に異方性のある高温超伝導体において,全磁場方向で高い臨界電流密度Jcを実現するために,ab面方向の磁場に特化した独自のピン止め構造を明らかにすることである.最終年度の令和元年度においては,ab面方向近くに不連続な線状欠陥を導入してそのピン止め特性を明らかにするために,GdBCO超伝導テープ線材に対して80MeV Xeイオン照射を行った.断面TEM像観察により,c軸方向には不連続な線状欠陥は形成されるが,照射方向がab面方向に傾くにつれて,太く連続的な線状欠陥が観察されるという,当初の目的とは異なる興味深い結果を得た.以上,本研究課題の期間において,高温超伝導体のab面方向の磁場に特化した独自のピン止め構造を明らかにするために,重イオン照射欠陥を用いることで以下の重要な結果を得た. (1)ab面方向に対して小傾角の線状格子欠陥は,c軸方向の線状格子欠陥と同様に強いピン止め力を示すが,その影響が及ぶ磁場方向の範囲は狭い.(2)ab面に平行な線状欠陥のピン止め効果は,高磁場側で現れてくる.これは,ab面方向に積層欠陥などの既存の強い相関ピンが存在しているためと考えられる.(3)線状格子欠陥にてab面方向のJcを増加させるためには,ab面に対して小傾角であることに加えて,ab面を挟んで交差する必要がある.(4)イオン照射を用いた欠陥形成においては,ab面方向近くでは連続な線状格子欠陥が生じやすい(不連続な線状格子欠陥が形成されにくい). イオン照射欠陥の利点は,欠陥の形状,密度を制御し易いことであり,高温超伝導体の磁束ピン止め構造の最適化を行う上で,非常に有効な手段である.このため,ab面方向近くで,不連続な線状格子欠陥の形成を実現する照射条件を明らかにすることは,照射欠陥形成の新しい物理を明らかにする上でも,今後の研究課題として非常に重要となる.
|