最大の実績は2018年6月に上梓した単著『ワインスケープ』である。以下に建築・都市計画に関する結論の概要と、看取された課題を記す。 まず、アグリツーリズムの進展は、前衛的で洗練された農業建築、即ちアグリテクチャーの出現を促す。問題は、前衛的意匠が周囲景観を紊乱しない制度設計である。また、銘醸地で必要なのは、地域の生活環境制御もさることながら、イメージの経済学に基づく都市計画である。その究極の様相が、生産者組織が生産物のイメージ・ダウンを理由に都市計画の見直しを要求できることである。そして、銘醸地へのコンパクト・シティ論やスマート・シュリンキング論の適用は愚策で、スマート・スプロールのような離散的都市計画が必要になる。ただ、自動車利用を前提とした商業施設は派手な屋外広告物を出すため、その規制が交換条件となっていた。 他方、フランスのワインスケープが抱える課題に関しては、cultureの語源論を援用して植民地化の懸念という概念に総括した。無理な農地拡張や安易な耕作放棄はグローバル化による農地の植民地化と言える。呼称保護や収益増加という登録推進理由には、経済による世界遺産システムの植民地化が透けて見える。イコモスの調査委員の見解の絶対性も、イコモスによる世界遺産の植民地化と強弁できようし、世界遺産委員会での非科学的な外交取引も同委員会の植民地化と形容できる。観光に関しても、一部ではホスピタリティが商品化され、酒蔵が経済に倒錯的に植民地化されている。 植民地化の対極は主権の確立で、本論の文脈では食料主権という考え方である。文化的景観という表現を前に、cultureの真意がcolonyではなく文化、宗教、そして農耕にあることを再認識することが、植民地化を忌避し、食料主権の尊重や回復に帰結するはずである。ワインスケープはその契機として存在することを、本書は結論とした。
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