材料の強度に関する本質的な理解を得るためには,結晶内での塑性変形の進展や不均一性,つまり転位の運動や分布を調べることが必要である.結晶中に転位組織が形成されるとその状態に応じて方位が場所により変化するため,方位の場所による変化から塑性変形後の転位組織の状態を明らかにする試みが行われてきている.このような試みの出発点の一つは1953年に発表されたNye の理論的な研究であり,結晶中での方位の場所による変化を格子湾曲テンソル(Lattice Curvature Tensor)として評価すれば,結晶中の転位密度を定量的に議論できることが記されている.この格子湾曲テンソルとは,結晶内での位置の変化にともなう各座標軸周りの方位変化の角度を直交座標系を使って九つの成分にまとめたものである.本年度に研究代表者は,このNyeが提案した格子湾曲テンソルの成分が,結晶方位変化を示す回転行列の対数の成分,すなわち対数角によって表現することができることを初めて示した. また,実験的な研究としては,巨大ひずみ加工によって作製された銅の超微細結晶粒材料を対象にして,塑性変形に伴う結晶粒の大きさと形状の変化や結晶粒における方位変化を観察し,それらの変化の原因を考察した.そして,巨大ひずみ加工後の更なる塑性変形によって結晶粒中で方位変化が生じることは共通であっても,塑性変形の方向と結晶粒方位の相対的な関係の違いや結晶粒の大きさの違いを原因として,結晶粒ごとに微細化と粗大化という全く異なる組織変化が同一の超微細結晶粒材料のなかで起こることを見出した.これは,巨大ひずみ加工による材料の微細化に限界があり,ある限界量以上のひずみを付与しても微細化が進行しなくなる現象に合理的な解釈を与えるものである.
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