研究課題
本研究では,低濃度塩水を用いた石油増進回収法(EOR)における油回収率の向上メカニズムを,分子レベルから明らかにすることを目的としている。本年度は,岩石鉱物として白雲母を考え,X線CTR散乱法の実験と分子動力学(MD)シミュレーションによる検討を行行った。研究項目(A)「岩石鉱物の固液界面に対X線CTR散乱法の実験と解析」では,酸性油を模擬したオレイン酸を飽和吸着させた白雲母基板に対して,水・NaCl水溶液・CaCl2水溶液による油の掃攻実験を行い,その過程で測定されたX線CTR散乱データの解析を実施した。基板界面近傍の電子密度分布を求めた結果,界面近傍には約5Åの水吸着層が存在することと,CaCl2水溶液を注入した実験においてのみオレイン酸の吸着構造の発生することが判明した。研究項目(B)「分子動力学(MD)シミュレーションによる検討」では,陽イオン交換された鉱物表面(白雲母劈開面)と酸性油分子を含むNaCl水溶液の界面系を設定し,その系に対してMDシミュレーションを実施した。界面からの平均力ポテンシャル分布を計算することにより,鉱物表面に存在するCa2+,Mg2+などの陽イオンとカルボキシル基の結合の強さを定量的に把握した。その結果,酸性油に対しては,地層水が高pH状態であれば,水中のCa2+が粘土鉱物に吸着することで,油の吸着を大幅に促進して油回収率を下げる要因となることがわかった。以上のように,MDシミュレーションとX線CTR散乱のデータ解析から,酸性油が存在する油層においては,Ca2+の粘土鉱物への吸着が回収率に大きな影響を及ぼすこと,(2) 低濃度塩水攻法での増油機構は,塩水の圧入により生じる鉱物表面のイオン交換による濡れ性の変化が一つの要因であること,を明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
予定通りに進捗し,研究成果が得られている。ただし,オレイン酸を掃攻した実験のX線CTR散乱のデータ解析では,シミュレーションと実験データとのフィッティングの精度が悪い。オレイン酸はカルボキシル基を持つ酸性油を模擬する目的で実験に使用されたが,炭素原子間に二重結合があり,その分子形状に折れ曲がりの箇所を有する。これがフィッティングを難しくしている可能性がある。今後は,高pHに制御した条件下でステアリン酸などの直線的な分子形状を持つ飽和脂肪酸に対する掃攻実験など,より信頼度の実験を行い,この推論を確かめる必要がある。
平成29年度には,炭酸塩岩からなる油層に対する低濃度塩水EORの増油メカニズムを検討する。岩石鉱物としてカルサイトを用いて,研究項目(A):SPring-8における岩石鉱物の固液界面に対するX線CTR散乱法測定,研究項目(B):MDシミュレーションによる分子レベルでの実験の検証と考察,を実施する。使用する油と塩水及び測定内容は平成28年度と同じである。また,研究項目(C):AFM(原子間力顕微鏡)による岩石鉱物表面における油の接触角の測定,を始める。ここでは,鉱物を白雲母とし,鉱物基盤上に油滴を形成し,その状態に対して静かに各濃度の塩水を満たしたセルを準備する。そのセルをAFMの検査台に乗せて油滴表面の形状を測定することで各塩分濃度の塩水-油-鉱物の3層界面に形成される油の接触角を測定する。この接触角の変化から鉱物表面の油の濡れ性に及ぼす塩分濃度の影響を評価する。AFMによる測定に対しても,(B)の計算を実施し,分子レベルでの鉱物表面の油の濡れ性に及ぼす塩類の影響を評価する。
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