BrdUアッセイにより、ASIC1a ノックアウトマウス(ASIC1a KOマウス)を野生型マウスの海馬神経幹細胞・神経前駆細胞の増殖を比較したところ、ASIC1a KOマウスでは神経幹細胞・神経前駆細胞の増殖が亢進していることが示唆されたため、 最終年度では、細胞増殖マーカーであるKi67陽性細胞数を調べた。ASIC1a KOマウスではKi67陽性細胞数が野生型マウスと比較して多かったことより、BrdUアッセイの結果に矛盾しない結果が得られた。さらに、ASIC1aが海馬神経幹細胞の分化に与える影響を調べたところ、各種ステージのマーカー陽性細胞の割合は、ASIC1a KOマウスと野生型マウスで有意差はなかった。このことより、ASIC1aの幹細胞分化への関与は可能性が低いことが示唆された。神経新生後期の役割については、ASIC1a-shRNAを発現するレトロウイルスを成体マウス海馬歯状回に打ち込み、新生ニューロンでのASIC1aの発現を抑制して嗅内皮質由来の貫通線維と海馬新生ニューロンとのシナプス形成(既存の回路への組み込み)の開始時期と成熟度の変化を電気生理学的に調べた。通常、既存の回路へ組み込みが始まるのは新生ニューロン誕生14日~21日目頃だが、この時期のASIC1a発現抑制新生ニューロンではシナプス形成を認める細胞の割合が野生型より低く、またグルタミン酸作動性の誘発性興奮性シナプス後電流の振幅も小さいことより、成熟度も低いことがわかった。 本研究により、ASIC1aは通常脳においては、海馬神経幹細胞の増殖と既存の神経回路への組み込みに関与していることが明らかになった。虚血時には細胞外水素イオン濃度が上昇し、ASIC1aの活性が亢進することと考え合わせると、ASIC1aが虚血性脳血管障害に対する新規創薬ターゲットとなり得る可能性は十分あり得る。
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