本研究課題の遂行中にRac1とRac3を大脳皮質および海馬の神経細胞で共に欠損させると、マウスはほぼ正常に産まれてくるものの、生後直ぐに大脳皮質の神経細胞がアポトーシスによって死んでいくことを発見した。本年度はそのメカニズムに関する研究を重点的に行った。Rhoファミリー低分子量Gタンパク質の中でもRacとRhoは、様々な生命現象において互いに相反する作用を発揮することが多いことから、大脳皮質神経細胞においてRac1とRac3に加えてRhoAも欠損させたマウスを作製して、解析を行った。RhoAのみを大脳皮質神経細胞で欠損させたマウスは、おそらく脳脊髄液の循環障害によるものと思われる水頭症を生じた。Rac1とRac3に加えてRhoAも欠損させたマウスも水頭症を生じるもののRac1とRac3を欠損させたマウスと比べると大脳皮質神経細胞が多く生存し、皮質の厚さも増していた。神経細胞の初代培養実験でもRac1とRac3を欠損した大脳皮質神経細胞は顕著な突起伸展の抑制や生存率の減少などを示したが、Rac1とRac3に加えてRhoAも欠損させるとこれらの表現型が少し緩和される傾向が認められた。 申請者がRac1を欠損させるために用いたGFAP-Creマウスは大脳皮質の神経細胞だけではなく、小脳の顆粒細胞においてもRac1を欠損させることができる。そこで小脳でも神経細胞死に関する解析を行った。小脳顆粒細胞ではRac1のみの欠損でも顆粒細胞が生後にアポトーシスによって脱落していったが、Rac1に加えてRac3も欠損させると神経細胞死はより顕著になった。以上の結果よりRacは大脳皮質神経細胞のみでなく、小脳の顆粒細胞でもその生存に重要な役割を果たしているものと考えられた。
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