本研究では線虫C. elegansのpH味覚応答の神経回路をモデルとして、誘因性のpH 9と忌避性のpH11に対する行動決定の神経基盤を解析した。具体的には同じ神経細胞ネットワークで誘因性、忌避性刺激を与えた際に異なる応答を示す介在神経をカルシウムイメージング法により探索し、これまでAIY、AIZ、AIB神経を見出した。解析した個々の神経は特徴的なカルシウム応答を示したが、それを理解するために必要な各神経の電気的特性の知見がほとんどなかった。 線虫の神経細胞は他の動物に比べ小さく、一般的なパッチクランプ法での測定が困難であることから、主にカルシウムイメージングによる神経活動の測定が行われている。しかし細胞内カルシウム濃度は膜電位変化だけでなく、細胞内カルシウムストアの活動に強く影響される。実際に線虫神経で膜電位変化とカルシウム濃度変化が一致しない事例も報告されている。各神経の電気的特性を理解することが神経回路での情報処理を正しく理解するのに必要であるため、線虫の神経において電気生理学手法の確立を行った。 これまで線虫神経での電気生理学測定は世界でも少数の研究室から報告されるのみであった。我々はマウス神経の研究グループとの共同研究から線虫神経のパッチクランプ測定法を確立し、既に多くの知見のある味覚受容神経ASELのNaCl応答について電気生理学的解析を行った。ASELのNaCl刺激に対する細胞体の膜電位変化はカルシウムイメージングで報告されたNaCl濃度依存的な細胞内カルシウム濃度の変化とは異なり、全か無かの法則に従う二極化したパターンを示し、NaCl濃度は膜電位が閾値を超える頻度に影響した。また、L型電位依存性カルシウムチャンネルが樹状突起中の信号伝達に必要であることも明らかにし、結果をScientific Reports誌に発表した。
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