ヒトは進化過程で巨大な脳を獲得し、高度な精神活動を可能にした。巨大脳獲得の背景には胎児期における神経細胞産生数の増加がある。一般に哺乳類大脳皮質神経細胞は脳室帯(VZ)あるいは脳室下帯(SVZ)で産生されるが、ヒトを含めた霊長類ではSVZが著しく発達し、圧倒的な神経細胞の産生を可能にしている。申請者らはマウスのSVZを詳細に観察し、SVZ内神経前駆細胞はマウスの外側皮質VZに多いことを観察し報告した。このような脳領域に応じて神経前駆細胞の産生量を変化させる分子機構を探索した結果、Jag1が同定された。Jag1は強制発現させることで神経前駆細胞を増加させること、神経前駆細胞そのものに発現すること、霊長類ではマウスに比較して発現強度が増加し、発現領域が拡大することが確認された。本研究課題では、こうした発現の違いを生じる原因とヒト進化との関連を探索した。ヒトJag1転写開始点上流5kbp、下流1.5kbpの制御下でルシフェラーゼ遺伝子を発現するプラスミドベクターを発生過程マウス大脳皮質脳室帯に電気穿孔法により導入すると、マウスの相同領域を用いた場合よりも高い発現が観察された。また慶應義塾大学医学部との共同研究で、ヒト転写調節領域でマウスJag1遺伝子を発現するトランスジェニックマウスを作成したが、トランスジーンの発現は確認されなかった。トランスジェニックベクターは第2エクソンにcDNAを挿入する形で作ったが、その後、この第2エクソンの配列も転写活性に重要であることが判明した。ヒト転写調節領域では第1イントロンから第2イントロン(第2エクソンを含む)でC-G対が増加しており、全体として大きなCpGアイランドを形成していた。ヒトとマウスの共通祖先の予測される塩基配列からヒトではC-G対が増加、マウスでは逆に低下しており、脳サイズとの相関が見られた。
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