本研究は、ヘテロリボ核タンパク質TDP-43のタンパク質恒常性の崩壊によって誘発される、脊髄運動ニューロンの機能障害のメカニズムを解明し、筋萎縮性側索硬化症(ALS)における運動ニューロン変性の分子基盤の理解を深めることを目指している。この目的を達成する為に、これまでゼブラフィッシュ筋萎縮性側索硬化症(ALS)モデルを構築し、脊髄運動ニューロンにおいてTDP-43を過剰発現させたり、あるいは、遺伝子破壊によってその量を減少させたりすることで、神経軸索の伸長が阻害されることを見出した。さらに、これらの軸索伸長の欠損が、PI3キナーゼの活性化によって緩和される、という現象を独自に見出した。これらの背景を基に、H30年度は、PI3キナーゼのTDP-43毒性の緩和効果のメカニズムの理解を試みた。 まず、TDP-43毒性の緩和におけるPI3キナーゼの標的として、PI3キナーゼの下流因子の一つとして知られているmTOR経路の関与を検証した。活性化型変異PI3キナーゼを脊髄運動ニューロンに発現させると、mTOR経路の標的であるリボソームS6サブユニットのリン酸化が亢進することを明らかにした。さらに、活性化型変異PI3キナーゼの発現は野生型の脊髄運動ニューロンの軸索の伸長も促進することがわかった。この活性化型変異PI3キナーゼによる軸索伸長の促進は、mTOR阻害剤のラパマイシンの薬浴によって阻害されることがわかった。これらの結果は、PI3キナーゼがmTOR経路を活性化することで、TDP-43毒性による神経軸索の伸長阻害をレスキューしていると考えられた。mTORは、細胞内のタンパク質分解機構であるオートファジーの制御因子であるため、TDP-43毒性とオートファジーの関連性の検証が今後の課題となる。
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