研究課題/領域番号 |
16K07050
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研究機関 | 学習院大学 |
研究代表者 |
吉池 裕二 学習院大学, 理学部, 研究員 (90415331)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | タウオパチー / アミロイド / 神経原線維変化 |
研究実績の概要 |
アルツハイマー病をはじめとするタウオパチーは脳の細胞内にタウタンパク質が蓄積する特徴を有する。溜まるタウタンパク質のアイソフォームや細胞の種類により異なる病態を出現させることが分かっている。一方、凝集したタウタンパク質の形態は大まかにいって共通の線維構造をとり、その一般的にアミロイド線維といわれる構造はタウだけでなくほかのタンパク質ミスフォールディング病でもみられることから、その線維構造に生態の異常を引き起こす原因があると考えられる。 本研究ではショウジョウバエにタウタンパク質を過剰発現させ、加齢に伴って生じるタウの蓄積と行動異常を改善するような物質の探索をすることを目標とした。これまでショウジョウバエモデルではヒト脳で見られるような線維状のタウ凝集物形成まではいたらないとされている。私はヒト野生型4R2N最長アイソフォームを発現させたショウジョウバエ脳から昨年度までにヒト脳に見られるような生化学的特長、すなわち不溶性画分におけるスメア状のブロット像を明瞭にみいだした。であるならば線維化したタウの検出もあるいは可能かと考え、不溶性画分から線維化したタウ凝集体に特徴的な形態物を原子間力顕微鏡(AFM)を用いて探索した。不溶性画分とはいえ多くのタウ以外の物質が混在するため、抗ヒトタウ抗体に結合するものだけを分離するため免疫沈降を行った。免疫沈降後溶出物にもまだ不溶性の特徴が残っていることを確認後、これをAFMにて観察した。その結果、非常に多くの顆粒状のものに混じり、きわめて稀にではあるがタウ線維の形態とよく似た特徴を有する線維状の塊を見つけた。 タウを含む多くの病因性凝集タンパク質の共通の毒性の分子機構を生体内で知ることがそれらの病気の克服につながると考えられる。今後、このショウジョウバエモデル体内から抽出したタウ線維の構造の詳細を解析することで疾患解明と克服につなげたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初、本研究で掲げたショウジョウバエタウオパチーモデルを用いたタウ蓄積阻害剤の探索は過去に見出したタウ凝集抑制効果のある物質をたよりにより有効で安全性の高い物質を探索することを目的としていた。しかしながらこれまで得られた化合物が有する毒性と有効性には共通の性質が含まれている可能性があること、また闇雲に新たな化合物を探索することはリソースを考慮しても効率的でないことなどが考えられた。そこでこのショウジョウバエモデル内のタウの性質をより詳細に知ることで標的とすべきタウの状態を知ることがその生成抑制を目指す上で有効ではないか、遠回りのようで目標にたどり着くには確実なアプローチではないかと考えた。そこでヒトの脳内から抽出されたタウの生化学的特性ともいうべき不溶性をこのモデルからも抽出できるのか、また形態的特長を獲得しているのかどうかを確認することから始めることにした。 昨年度は新たな研究施設でショウジョウバエモデルの飼育、交配、解剖のシステム構築から開始し、年度末までに頭部からヒトの脳から抽出したタウと同様、不溶性画分中のスメア状ブロットを確認した。その後、今年度に入りこの画分中からタウを免疫沈降した試料中から原子間力顕微鏡を用いたexhaustive searchの結果、タウ線維ときわめて似た特徴を有する形態を確認した。これまでショウジョウバエモデル中には線維状のタウ凝集物は見られないとする報告がありそれがコンセンサスのようになっていたが、稀にではあるものの線維化する可能性を示唆する結果を得た。 モデルでしか解析することが出来ないこと、例えば加齢に伴う変化を短期間で縦断的に解析したり、タウタンパク質の凝集・蓄積状態と機能的な異常を関連付けて解析することをすすめることでタウ凝集状態のどの要素を標的とすれば効果的に凝集タウによる機能異常を抑制できるかヒントを得たい。
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今後の研究の推進方策 |
リコンビナントタウをヘパリンと一緒にインキュベートするとヒト脳から抽出した神経原線維変化の主成分であるタウ線維と同様の形態の凝集物が観察される。このリコンビナントタウ線維は神経原線維変化タウ線維に見られるような種々の翻訳後修飾を受けていないという違いがある。4R2Nの全長タウのリコンビナントタウ線維はしかしながら生体物質としては極めて高い安定性、すなわちあらゆる種類の溶媒に対して溶けない性質を有することを以前、経験している。当時所属していた研究室に保管されていたほぼすべての可溶性が高いであろうと思われる溶媒をin vitroで作製したリコンビナントタウ線維にしてもその線維状形態が原子間力顕微鏡下で観察され続けた。この非常な不溶性は神経原線維変化からタウタンパク質の同定につながった最初のプロセスの性質である。昨年、ヒト脳から抽出したタウ線維の原子レベルの構造がクライオ電顕を用いて明らかにされた。内部に種々の分子間、分子内結合が張り巡らせられていることがわかる。このような構造がタウ線維の安定性、不溶性に寄与していることは想像に難くない。しかしそれがそもそもどのようにして出来るのか、出来上がった凝集物がどのようにして神経活動を妨げるのか、更には他の生体分子に影響を与えずしてこの凝集構造を解きほぐすことは可能か、などは課題の一部にすぎない。ショウジョウバエモデルから抽出されたタウ凝集物を不安化する、あるいは凝集自体を妨げるような安全な物質を見つけることが本課題の次の目標である。場合によってはin vitroのリコンビナントタウ凝集系まで含め、そのような物質の同定を目指したい。その先にはショウジョウバエモデルに投与してタウの蓄積やそれによる複眼の変性、行動異常を抑制するような結果を期待したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)不溶性画分中のタウを生化学的に検出するまでは順調にすすんだが、その画分から線維状の形態物を原子間力顕微鏡にて探す作業に多くの時間を費やすこととなった。そのため消耗品の利用が予定していたほどかからずに余すこととなった。
(使用計画)最終年度はこれまでの研究結果をまとめて報告したいと考えている。その報告のために学会参加のための費用や論文執筆のための費用として使用する。
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