研究実績の概要 |
ガス分子は, 高分子の構造内に比較的容易に浸透し, 金属原子や鉄-硫黄クラスターを有する補欠分子族への結合や, 低分子の官能基に特異的に結合することにより生物活性を発揮する. ガス分子の作用は, 可逆的・即効的でかつ複数の標的をもつことを特徴とするが, それ故に, 複数のガス分子とその受容蛋白質が時空的に複雑な相互作用を形成する生体内において, ガス分子の生成・受容及び情報伝達機構と生理作用との因果関係は十分に立証されていない. 本研究は, 脳組織で産生されるガスの生成・受容機構を探究し, ガス分子によるエネルギー代謝と血流調節のカップリング機構を解明することを目的とした. COによる代謝制御の鍵分子を洗い出すため, 左中大脳動脈閉塞(MCAO)モデルを作製し, 虚血の度合いに呼答して領域特異的(e.g., 虚血コアvsペナンブラ, 皮質vs海馬など)に惹起される代謝リモデリングを, 野生型(WT)とHO-2KO(COが半分に減弱)マウスの両群で比較した. 具体的には, 定量的質量分析イメージング法を武器に, 皮質, 海馬, 基底核などの解剖学的な領域, あるいは, コア, ペナンブラといった血流低下に伴った虚血病態に特異的に形成される領域で惹起される代謝リモデリングを,複数の代謝物の組織内分布及び量的・質的な変化を解析した. 野生型のマウスでは, 「虚血コア」のATPが完全に消失しているのに対し, 「ペナンブラ」では, 健常側の同一領域に比して増加しているhyperactive regionの存在が確認された. さらにHO-2KOのマウスのペナンブラでは, 虚血による顕著なlactate増加(嫌気的解糖の亢進)がみられたのに対し, 野生型のマウスではlactateの上昇が抑制されることが判明した. 内因性のCOが存在することで, ペナンブラ領域では虚血時でも酸化的リン酸化が担保されることを示唆する結果である. COは緊急時に予備能を担保し, neuron発振型のfail-safe regulationを担うガスである証左となった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度は以下の仮説の検証を試みた. 仮説: 正常酸素下で産生される内因性COは, 糖代謝酵素を制御しCO2産生を恒常的に抑制することで過剰な血流増加を防ぐglucose sparingのmaster regulatorである. 概要で記したように, 野生型とCO産生の減弱が認められたHO2-KOマウスを用い, 中大脳動脈閉塞モデルを作製し, 偏在性虚血によって惹起される領域特異的な代謝物の組織内分布・量的変動を解析した. 虚血時に亢進する解糖系の最終代謝物であるlactateの増加を, COが抑制することが解剖学的なユニットを勘案した実験系で示されたことは一つの成果である. 一方, COが糖代謝系のどの酵素を標的とするのかは未解明であり, 次年度への継続目標である.
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今後の研究の推進方策 |
初年度に構築したCO2の微量測定系を駆使して, O2-CO-CO2系が虚血時の脳血流のリスクマネジメントの一機序となりうるかをin vivoで検証することに取り組む. 二光子励起顕微鏡を用い異なる微小血管レベル(e.g., 毛細血管, 前毛細血管, 細動脈)で惹起される低酸素応答をreal-timeで精査する. 低酸素性血管拡張は, 基質(O2, グルコース)の要求が最も高い神経細胞の近傍の血管から拡張シグナルが伝播し, 十分のCOが存在する野生型マウスでは顕著に増幅されると予測する. 血管径測定に加えて, 赤血球速度を計測し血流量を算定する. 毛細血管径は, 野生型とHO-2KOマウスの間で差が認められないのに対し, 赤血球速度はHO-2KOで顕著に早いこと, つまりCOがないと基底状態で血流量が増加することが予備実験により判明している. この実験系では, 個々の毛細血管の位置, 血管径, 分岐・合流点における赤血球の分配パターン等を, HO-2の発現パターンを勘案しつつ, 局所的なneurovascular coupling調節機構を洗い出したい.
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