研究実績の概要 |
本研究ではマウスの精巣特異的ヒストンH3バリアントであるH3tに着目し、クロマチン構造が大規模に変動する精子形成過程においてH3tがどのような役割を担っているのかを明らかにすることを目的として行った。これまでの解析から、H3tは幹細胞の維持には必要ないが、精原細胞が分化し、減数分裂に移行するために必要であることを明らかにした。また、胡桃坂仁志博士のグループの解析によって、H3tを組み込んだヌクレオソームはcanonicalなH3であるH3.1を組み込んだヌクレオソームに比べて開いた構造を取っていることが結晶構造並びに生化学的解析によって明らかとなった。さらに、この構造の違いがヌクレオソームのentry/exit部位に位置するH3tの42番目のヒスチジン残基(canonicalなH3では42番目がアルギニン残基)に由来することも点変異の実験によって突き止めた。これらの結果は論文として発表し(Ueda, J., et al., Cell Reports, 2017)、現在はこの仕事の続きとして、H3tの42番目のヒスチジン残基をアルギニン残基に置換したマウスの作製に取り組んでおり、ヒストンの1アミノ酸の違いが精子形成過程に及ぼす影響を確かめようとしている。
上記と並行してARTクリニックとの共同研究を推進し、その一部を論文として発表した。具体的には、環状染色体を保有し、乏精子症と診断された患者さんの精子中に環状染色体が含まれるか否かを検査する臨床研究を行ったが、この過程でアスペクト比の高い精子または精子頭部の短径が短い精子の受精率が高いことが明らかとなった(Nishikawa, K., et al., JARG, 2018)。この理由はまだ明らかではないが、ヒトの精子中にはより多くのヒストンが残っていることが知られているため(マウスでは1%であるのに対してヒトでは10%)、ヒストンの含量が精子頭部の形状に関係しているのではないかと考えている。
|