研究課題
雄性のC57BL/6Nマウスを被験体とする水迷路学習実験の場面において、プラットホームのサイズとプールの周囲の環境を操作して課題の難度をある一定の水準以上に設定すると、一部の被験体が、プラットホームへのいち早い逃避という適応的対処行動の学習を徐々に放棄し、遂には行動的絶望状態に陥る(欝モデルマウス作製法(特許第4619823号))。我々は、これらの個体をLoser、対して、良好な学習を示す個体をWinnerと命名した。平成28年度は、このLoserを出現させる実験手続き(Winner-Loserモデル)のうつ動物モデルとしての妥当性と特殊性について、既存のうつ動物モデルである強制水泳試験(Porsolt, Le Pichon, & Jalfre, 1977)およびオープンスペース水泳試験(Sun & Alkon, 2003)と比較することで検討した。連結制御手続き(yoked-control procedure)を用いて強制水泳試験とオープンスペース水泳試験の水泳時間(水へ浸す時間)をWinner-Loserモデルの実験と一致させ、それぞれのモデルの実験手続きによりマウスにうつ的傾向を誘発し、複数の行動実験課題を与えた。その結果、Loserでは、いくつかの課題(自発活動性測定、ワイアハング試験、強制水泳試験等)で健常なWinnerより成績が低下し、他のモデルそれぞれとの間にも成績の差が見られた。つまり、Loserの行動的絶望状態は、水迷路学習以外の場面にも及ぶこと、また、強制水泳試験やオープンスペース水泳試験で誘発されるうつ的状態とは質的に異なることが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
困難な水迷路学習場面で行動的絶望状態を呈するマウス(Loser)は、水迷路学習以外の行動実験場面でのうつ的傾向の表れ方や抗うつ薬(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)への感受性に関して、強制水泳処置を負荷したマウスと大きく異なる一方、オープンスペース水泳処置を負荷したマウスと多くの類似点があった。しかしながら、Loserは、行動的絶望状態が長期間にわたって持続し、適応的対処行動への動機づけが総じて低いという点でオープンスペース水泳処置を負荷したマウスと異なっていた。うつ的傾向の誘発に水泳処置を用いる点で共通する3種類のモデルを比較することで、各モデルの特徴が明らかとなり、それぞれのモデルを抗うつ薬スクリーニングや遺伝子改変マウスの表現型解析に用いる際の留意点が示された。また、探索的に実施したLoserの血中サイトカインの定量によってLoserとヒトうつ病患者との類似性が示唆され、うつ動物モデルとしての妥当性が補強された。
平成29年度以降も、平成28年度と同様にLoserの行動科学的な表現型解析を継続し、データの充実を図る。また、ストレス反応の指標であるコルチコステロンやうつ病のバイオマーカーとしての可能性が指摘されているサイトカインの定量を本格的に進める。Loserの比較対照のためのうつ動物モデルとして、強制水泳処置ないしはオープンスペース水泳処置を施したマウスに加え、社会的敗北ストレスモデル(social defeat stress model)を新たに採用し、これらのモデルとの類似性・差異性について検討する。行動実験は、兵庫医療大学と株式会社行医研において実施する予定である。生化学指標の定量は、田口明彦先生(先端医療センター研究所再生医療研究部)、関山敦生教授(大阪大学薬学部先制心身医薬学分野寄付講座)の協力を得て実施する予定である。
コルチコステロンやサイトカイン等の生化学的な指標の測定に必要な試薬や関連する消耗品の購入を必要最小限に留めたため、次年度使用額が生じた。
実験動物、生化学的指標の測定に必要な試薬、新たに社会的相互作用の実験を実施するために必要な物品の購入を中心に計画している。また、実験補助アルバイトの雇用や成果発表のための費用も、平成28年度より多くの研究費をあてる予定である。
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行動科学
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Cell Reports
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http://dx.doi.org/10.1016/j.celrep.2016.10.073