研究課題/領域番号 |
16K07215
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
日野 信次朗 熊本大学, 発生医学研究所, 准教授 (00448523)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ヒストン脱メチル化 / クロマチン / 骨格筋 / エネルギー代謝 |
研究実績の概要 |
栄養環境に応じたエネルギー戦略の転換(代謝リプログラミング)は、体質形成や恒常性維持に重要な役割を果たす。このような細胞表現型の転換は、エピゲノム形成を介した可塑的細胞記憶によって生み出されると考えられるが、その分子機序はほとんどわかっていない。本研究では、環境に応じた骨格筋代謝表現型を題材として、代謝プログラムの再構築の仕組みを解明することを目的として研究を行った。具体的には、研究代表者らがこれまでに代謝制御性エピジェネティクス因子として見いだしたヒストン脱メチル化酵素LSD1の骨格筋分化過程における役割を検討した。栄養環境ストレスとLSD1機能の相互作用を検討する目的で、種々の代謝関連内分泌因子がLSD1タンパク質発現に及ぼす影響を検討した結果、いくつかのホルモンが細胞内LSD1量に対して直接的な影響をもつことがわかった。また、それらの内分泌因子がLSD1依存性エピゲノム形成に直接的な影響を及ぼすことがわかった。さらに、栄養環境に応じたLSD1タンパク質複合体形成について、プロテオミクス解析を行い、ホルモン刺激に応答してLSD1と結合する分子群を同定した。 これらの結果は、LSD1機能が環境に応じてダイナミックかつ選択的に変化する可能性を示している。現状を踏まえて、LSD1タンパク質の分解制御機構や環境応答性LSD1複合体機能の解明を目指して研究を進める。また、生体内における内分泌因子とLSD1機能の共役による骨格筋機能可塑性制御について検討する。さらに、運動や加齢等の様々な環境因子とLSD1の相互作用についても検討する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1. 環境ストレスによるLSD1機能調節機構 栄養環境がシグナル伝達を介してLSD1機能にどのような影響を及ぼし、エピゲノム記憶形成にどのように寄与するかを解明する目的で研究を実施した。本研究では、栄養環境を細胞内に伝達する因子として内分泌因子に着目して、骨格筋細胞におけるLSD1との機能的相互作用を解析した。まず、種々の内分泌因子がLSD1タンパク質量に及ぼす影響をウェスタンブロット法にて検討したところ、LSD1量を有意に増加させるものと減少させるものが見つかった。この時、LSD1 mRNAレベルは、目立った変化を示さなかったこと、プロテアソーム阻害剤処理により効果が消失したことから、これら内分泌因子がLSD1タンパク質の分解制御に寄与することが示唆された。これらの内分泌因子のうち、LSD1の分解を促進するものはLSD1による遺伝子発現制御に拮抗的に働き、分解を抑制するものは協調的に働くことがわかった。これらの結果から、栄養環境に応じた内分泌系の変化がLSD1を介したエピゲノム制御に直接的な影響を及ぼすことが示唆された。
2. 環境に応じたLSD1複合体形成機構 栄養環境に応じてLSD1によるエピゲノム制御の選択性や持続性がどのように変化するかを解明する目的で、プロテオミクス解析によるLSD1結合タンパク質の網羅的同定を試みた。多くの既知LSD1結合タンパク質が内分泌刺激下でも影響を受けなかったのに対し、多くの新規同定タンパク質が環境依存的なLSD1結合を示した。また、核内外に局在するタンパク質が幅広く見いだされたことから、LSD1の細胞内局在がダイナミックに変化する可能性が示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
上記の成果から、LSD1の機能が栄養環境に応じて劇的に変化する可能性が示唆された。これらの結果を踏まえて、今後の研究においてLSD1による選択的エピゲノム制御の詳細を解明したい。具体的には、環境に応じたLSD1分解制御を直接担う分子を同定し、内分泌シグナルの作用点を明らかにする。また、今回同定された栄養環境依存性LSD1結合分子がエピゲノム制御にどのように寄与するかをChIP-seq法やRNA-seq法を用いて網羅的に検証し、LSD1による選択的遺伝子制御との関わりを明らかにする。 上記の研究項目から、栄養環境に応じたエピゲノムダイナミクスを生み出す仕組みがわかってきた。今後は、エピゲノム変化が安定化され、細胞記憶が形成される仕組みを明らかにしたい。環境ストレス負荷後の経時的エピゲノム変化を追跡し、LSD1機能とエピゲノムの継承の関係を明らかにしたい。さらにLSD1複合体の構成の違いがエピゲノムの安定化に及ぼす影響を検討し、細胞記憶形成を直接担う分子機構を明らかにする。 また、今後は骨格筋可塑性、特に線維型(速筋・遅筋)決定におけるLSD1の役割を個体レベルで検討し、栄養環境のみならず加齢や力学的負荷等の環境因子との相互作用を検討する。これらの研究を通して、環境に応じて長期的な体質や成人病リスクが形成される仕組みを明らかにできると期待している。
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