研究課題/領域番号 |
16K07232
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研究機関 | 高知大学 |
研究代表者 |
斉藤 知己 高知大学, 教育研究部総合科学系複合領域科学部門, 准教授 (80632603)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 絶滅危惧種 / 繁殖生態 / 孵卵 / 保全 / 資源管理 |
研究実績の概要 |
今日,絶滅危惧種アカウミガメの多くの産卵地では,環境悪化等によって卵の自然孵化が見込めないため,地域の保護団体がこれを孵化場等にて孵卵した後,幼体を放流するという活動が盛んである.しかし,この行為には卵の孵化率や幼体の生残率を下げる数々の問題が指摘されている.特に,脱出直後の幼体に特有なフレンジー(運動活性の非常に高い興奮状態)とよばれる,捕食者の多い沿岸域を速やかに離れ,成育場である沖に泳ぎ出すための性質を活かす配慮が概して実践されていない. 本研究は,アカウミガメの卵と幼体を様々な条件下で管理してフレンジーの発現と持続性に及ぼす影響を明らかにし,そして,フレンジー効果を活用できる適切な孵卵と放流の方法を提案することを目的とし,次の様に実施する.(1)上陸産卵痕跡調査:高知海岸で産卵期の毎早朝に産卵巣を探して卵を得る;(2)孵卵実験:産卵巣5~10 巣を分割して異なる条件で孵卵し,孵化脱出までのプロセスを比較する;(3)形態・フレンジー(crawling,swimming)測定:各実験区の脱出直後の幼体を確保して形態,運動性等を測定する.また,遊泳行動と血中グルコース値の測定を一定経過時間ごとに行い,その持続性等を調べる. 平成28年度の実績概要は次のとおりである. (1)高知海岸では本種の上陸139回,産卵41回を確認し,産卵成功率29.5%,産卵密度4.2回/kmとなった. (2),(3)孵卵の条件として各巣を2分割し,異なる温度(高:31℃,低:27.5℃)で孵卵した結果,低温孵卵区でサイズの大きい幼体が得られ,かつ,その陸上での運動性(フレンジーcrawling)が高いという結果が得られた.また,これを異なる温度の遊泳区(高:30℃,低:27℃)に収容した場合,低温遊泳区で遊泳力(フレンジーswimming)の持続性が高いことが判明した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度の孵卵実験は自然巣より確保した8巣を2分割して用い,計16実験区を設置することができた.しかし,卵質および受精率等の要因によって孵化率が大変低く,その後の幼体の運動性実験に用いるのに十分な試供個体数を得ることができたのは,わずかに3巣であった.人工繁殖卵では1巣(約100卵)全てが未授精卵であるケースも確認され,これも含めた孵化率は60%程度となることが知られている.また,自然卵であっても時々,そのような未授精卵は含まれていることが知られており,これを実験巣として選択してしまったためにほとんど孵化幼体を得ることができないケースが見受けられた. 孵卵実験により得られたアカウミガメ孵化幼体について,形態・フレンジー(crawling,swimming)の諸項目の測定は成しえたが,当初予定していた血中疲労物質の解析は行わなかった.そのためのサンプルは冷凍血漿標本として蓄えてあり,平成29年度以降,ある程度の標本数に達した段階で行うこととした. 3年間の事業における達成度は現在のところ50%と考えており,解析に十分な実験データ数を得るために,平成29年度にも同様の補足実験を行う予定である.
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度は孵卵の条件として全孵卵期間の温度の高低の効果を比較する実験を行い,これによって陸上の運動性,水中の運動性がともに低温孵卵の個体で高い傾向にあることを確認した.しかし,一般にウミガメの孵卵期間は約60日間あり,中盤の20日間は性決定の時期であることが分かっている.この時期の温度の高低は直接,個体の性差に関わるため,このたびの運動性の差異は性差による可能性がある.また,個体の運動性に関わるのは,それ以降の期間であるかもしれない.あるいは,孵卵期間が済んで,個体が砂中を這い上がる段階の温度によっても脱出個体の運動性は変わりうると考えられる. よって,今後は全孵卵期間を3つに分け,さらに脱出期間を加えた4つの期間の温度を管理することとし,それぞれの期間の温度差により孵化幼体の運動性にはどのような影響が及ぼされるのかを詳細に調べていきたい. 平成29年度以降,実験に供する卵の入手に関しては,例年通り高知海岸における野外調査を主体としていくが,不安定な自然卵だけに頼ることは避けたい.協力体制のある動物園水族館等より人工繁殖卵の提供も受け,実験巣を確保していくこととしたい.また,未受精卵であることが判明した段階でこれを廃棄し,新たな試供卵を補充する体制も整えていきたい.
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次年度使用額が生じた理由 |
ウミガメ孵化幼体の運動性を裏付ける要因の一つとして血中疲労物質の解析費用を見積もっていたが,これを行うにあたって,平成28年度分は冷凍血漿標本として蓄えておくこととしたため.
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度以降,冷凍血漿標本がある程度の標本数に達した段階で行うこととする.
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