研究課題/領域番号 |
16K07254
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
土屋 惠 大阪大学, 生命機能研究科, 特任助教(常勤) (00390691)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 心筋分化誘導 / マウスES細胞 / クロマチン構造変換 |
研究実績の概要 |
初年度として、マウス野生型ES細胞(129系統由来EB3 ES cells)を用い、心筋分化誘導させたembryo bodyの拍動開始のタイミングを観察し、さらに経時的に細胞からRNAを抽出して心筋分化マーカーの時間的変化を観察する実験系を確立した。はじめに心筋前駆マーカー因子であるIslet1及び心筋細胞マーカー因子であるActc1について、これらの発現が分化誘導開始0日目~12日目までの間に急激に上昇することを確認し、これらを心筋細胞分化の指標とした。次に野生型ES細胞にARIP4 shRNAベクターの遺伝子導入を行い、ARIP4ノックダウンES細胞(ARIP4 KD ES)の作製を行った。内在のARIP4蛋白量レベルが80%程度減少したARIP4 KD ES細胞を用いて心筋分化誘導を行い、表現型であるembryo bodyの拍動開始までの時間、及び心筋の発生・分化に関与する転写関連因子群、Tnnt2などのサルコメア構造関連遺伝子、Mfn1やMfn2などミトコンドリア融合・分裂関連因子の発現変動について野生型ES細胞と比較した。その結果、野生型ES細胞 と比べ、ARIP4 KD ES細胞 のembryo bodyの拍動開始までの時間が遅延またはそのまま拍動が見られないものが多く見られ、心筋分化が著しく阻害されていると考えられた。またIslet1及びActc1の発現変動を比較すると、ARIP4 KD ES細胞ではそれらの発現のピークが野生型と比べ2日ほど早く、また発現量は2~4倍程度上昇していた。しかし一方でミトコンドリア融合・分裂関連因子の発現には野生型との差異が見られず、表現型で見られた分化の進行に相反する結果となった。これらの結果から、ARIP4の蛋白量低下が多段階における心筋分化過程の一部を著しく促進し、組織としての分化異常をきたしたのではないかと考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度はマウス野生型ES細胞のノックダウン細胞株の作製を中心とし、その解析を行ってきた。ノックダウン細胞株を樹立する上での問題として、特にノックダウン効率が均一では無い状態から単一細胞株に限界希釈などの選択方法を行うにはさらに時間を必要とし、また選択途中で細胞が形質転換を起こしてしまう危険性がある。そこでまず初段回として、不均質なノックダウン効率の状態の細胞群に心筋分化誘導を行い、その表現系と発現する遺伝子群の変化を解析した。この細胞群での実験では結果にばらつきが多く見られることが危惧されたが、複数回の実験の結果、表現型、心筋分化マーカーの発現変動は概ね一定しており、分化マーカーの発現量の変化や心筋分化に関与するARIP4標的遺伝子を予測することができた。さらにARIP4の心筋分化段階での機能を明らかにするため、マウスES細胞のROSA26遺伝子座に薬剤誘導性発現ベクターを簡便に導入できる細胞株(EBRTcH3 cells)および発現ベクターを使用し、ARIP4過剰発現誘導細胞株を樹立した。我々はこれまでにARIP4の機能欠損変異体として、転写因子に対しSUMO化依存的な結合ができなくなる変異体、クロマチン構造変換に必要なATPase変異体、飢餓状態でも分解されない変異体、の3つの変異体の機能解析を培養細胞で進めており、これらのARIP4変異体の発現誘導細胞株の樹立も試みた。現在までに野生型ARIP4誘導株及びATPase変異体ARIP4誘導株の樹立に成功しており、それぞれの細胞を心筋分化誘導させた場合に大きく違いが見られることが明らかとなってきている。このように初年度の研究は概ね順調に進んでいるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
前年度に得られた結果を基にして、心筋分化過程におけるARIP4の機能を明確に示すために、次年度はゲノム編集によって完全にARIP4を欠損したES細胞株(以下ARIP4 KO ES細胞と呼ぶ)の作製を試み、それらを分化誘導した心筋細胞を用いて解析を行う。さらに前年度に樹立したARIP4発現誘導細胞株にARIP4機能欠損変異体の導入を行い、ARIP4機能欠損株(以下ARIP4変異体ES細胞と呼ぶ)を樹立する。この細胞は薬剤により遺伝子発現を制御することができるため、ARIP4遺伝子のゲノム編集時にARIP4の発現を維持させつつARIP4遺伝子欠損株を樹立することが可能である。樹立したARIP4 KO ES細胞およびARIP4変異体ES細胞を用いて心筋分化誘導を行い、野生型との表現系の比較によりARIP4のどのような機能が心筋分化に必須であるのかを明らかにする。またARIP4 KO ES細胞に野生型ARIP4を強制的に発現させることでレスキュー実験を行い、ARIP4 KO ES細胞で見られる表現系や遺伝子変化がARIP4特異的であることを検証する。 さらに、我々はすでに培養細胞におけるMNase活性の感受性を指標にしたゲノムワイド解析により、ARIP4がその標的遺伝子の約70%に対しクロマチンを密に閉じることで制御を行っているという結果を得ていることから、野生型ES細胞およびARIP4 KO ES細胞の心筋分化誘導系をサンプルとし、MNaseの感受性を指標としたクロマチン構造のゲノムワイド解析を行う。またES細胞の分化誘導系の実験条件を確立することで大量のサンプルを必要とするクロマチンレベルでの実験をES細胞を用いて行うことが可能となったことから、野生型ES細胞の心筋分化前後でのARIP4のクロマチン上での結合をChIP-seqおよび定量PCRを用いたChIPによって比較する。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度の予定としては、我々が作製した心臓特異的ARIP4欠損マウスの心臓を用い、組織より抽出したRNAから心筋分化に関与する遺伝子群の発現の経時的変化を比較する予定であった。この実験には一定量のARIP4欠損マウスが必要とされるが、マウスを維持している連携研究員の研究室移転に伴い、サンプルの準備にある程度時間がかかることがわかった。そこで本年度後半より予定していたマウスES細胞を用いての実験を先行して行うこととした。そのためES細胞の維持に必要な培養スペースが必要となり、研究科が所持しているオープンラボの使用の申請を行った。初年度にRNA-seq受託解析の経費として計上していた予算の一部をオープンラボ使用料に当てることとし、また受託解析は来年度に行う予定としたため初年度にそのための経費は生じていない。当該助成金が生じた状況としてとして次年度使用分に当たるのはこの予算の一部である。
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次年度使用額の使用計画 |
上記理由により、初年度に計上した受託解析経費の一部が次年度使用額として残されている。受託解析の予算としては減額となっているため、今後の必要な解析を予算内で最大限行えるよう、これまでに予定していたゲノムワイド解析の内容を見直していく。初年度にES細胞培養に必要な物品を先行して購入しており、そのために予定していた次年度以降の消耗品予算の一部をゲノムワイド解析に当てることも可能だと考えている。
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