研究課題
フェレドキシン依存性ビリン還元酵素の一つPcyAはヘム分解産物であるビリベルジン(BV)のD環ビニル基とA環をこの順序でそれぞれ二電子還元し、フィコシアノビリンと呼ばれる光合成色素を生合成する酵素である。PcyAのGlu76とAsp105は、X線結晶構造解析により二重のコンホメーションをとっていることが分かった。また、両者ともプロトンドナーであると考えられている重要なアミノ酸である。その二つのアミノ酸の近傍にはIle86が位置しており、それを酸性アミノ酸であるアスパラギン酸に変異させると、BVとの複合体の吸収スペクトルが著しく変化することが我々の研究によりわかっていた。我々はその変化が、酵素(PcyA)と基質(BV)の水素化状態の違いに由来するという仮説を立てていたが、今まで実験的にそれを証明できていなかった。本研究課題の遂行により、今年度は中性子結晶構造解析で複合体中の水素原子を可視化することを目指してきた。中性子結晶構造解析の成功には、いかに大型の良質の結晶を得るかがカギとなる。本年度は、一辺が2 mmに迫るような大型結晶を得て、中性子回折実験を予備的に行うまでに至った。さらに、共同研究によりPcyA(I86D)-BVの高分解能X線結晶構造解析を行い、結合長などにより、BVの水素化状態を推定することができた。さらに、それと並行して、野生型PcyA-BV複合体の赤外分光測定により、それに先立って行った中性子結晶構造解析であいまいさが残ったGlu76の水素化状態を調べた。その結果、中性子結晶構造解析では不明瞭であったGlu76に結合した水素が存在することが分かった。これらに加えて、Asp105をアスパラギンに変異したD105N変異体の中性子結晶構造解析を目指して、結晶の大型化に取り掛かっている。
2: おおむね順調に進展している
I86D変異体とBVの複合体の結晶の大型化には一定の道筋がついた。予備的な中性子回折実験も2回行っている。最高分解能が2.1Åに相当するような回折点も観測している。I86D変異体に関してはH29年度中に中性子結晶構造解析に成功できるのではないかと期待している。また、野生型PcyAの赤外分光測定を行うこともできた。Glu76については二重のコンホメーションをとっていることやそれらがプロトン化していることがわかった。ただし、Asp105については赤外分光では脱プロトン化していることは示唆されたが、プロトン化している成分は見られなかった。これは先に行った中性子結晶構造解析の結果とは矛盾しており、現在原因を究明中である。共同研究の遂行によりI86D変異体の高分解能X線結晶構造解析も完遂しており、BV分子内の結合長などからその水素化状態を推定することに成功したことから、着々と研究は進展していると言える。Asp105をアスパラギンに変異する(D105N変異体)と、BVと複合体になったときにI86Dとは異なった吸収スペクトルの変化を起こす。これはI86D複合体より水素が一つ少ない状態であると考えており、その中性子結晶構造解析を目指すことも重要である。そこで、実験計画を少し変えて、PcyA(D105N)-BV複合体の中性子結晶構造解析も並行して目指すことにした。このように、研究の途中で新たな発見があり、研究の方針を修正できたことも、この研究課題の遂行がうまくいっていることを示している。マイナス点をあえて述べるとすれば、手を広げすぎてどれもまだゴールに到達していない点である。その点では、研究は徐々に前に進んでいるが、計画通りとも言えない。以上のことから「おおむね順調に進展している。」と考えている。
平成29年度・30年度以降には、まずPcyA(I86D)-BV変異体の中性子結晶構造解析を完遂し、I86D変異体の水素化状態を可視化したい。そのためには、さらに大きな結晶を育成する方法を確立することや現在の結晶からも時間をかけてデータをとることを考えている。すでにJ-PARCのビームラインの一つiBIXをで実験を行う計画がある。さらに、ドイツの中性子施設であるMLZのビームタイム申請で採択された。それぞれ特徴が異なる複数のビームラインを使ってよいデータを収集する計画である。中性子回折データが収集できれば、同一の結晶でX線回折実験を行い、ジョイントリファイメントによって構造を精密化する。水素化状態を明らかにし、反応機構解明の一助にしようと考えている。また、同様にPcyA(D105N)-BV複合体の中性子結晶構造解析も行う計画である。そのためには結晶は大きく育成させなければならない。現在、こちらの変異体ついても鋭意、結晶を成長させる条件を探索している段階である。また、先の野生型の中性子結晶構造解析と今年度行った赤外分光の結果の矛盾の解消をめざしている。違いは分子の周囲のpHの違いがあるので、結晶化条件に近いpH6での赤外分光測定を行いたい。この研究の一番の目的は、PcyAの特異な反応の機構を立体的にかつ原子レベルで理解することである。目玉になるのは反応中間体の中性子結晶構造解析であるが、反応中間体(18-EtBV)をとらえるのが非常に難しい。そのため、化学合成によって作り出して、それとPcyAの複合体を再構成し、結晶化する計画である。化学合成には現在研究協力者を一名増やし、その遂行を加速していく予定である。反応中間体の水素化状態を明らかにし、計算化学と組み合わせて反応機構を完全解明したいと考えている。
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すべて 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 2件、 査読あり 6件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件) 備考 (1件)
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