研究課題/領域番号 |
16K07261
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研究機関 | 茨城大学 |
研究代表者 |
海野 昌喜 茨城大学, 理工学研究科, 教授 (10359549)
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研究分担者 |
森 聖治 茨城大学, 理学部, 教授 (50332549)
久保 稔 国立研究開発法人理化学研究所, 放射光科学総合研究センター, 専任研究員 (90392878)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 中性子結晶構造解析 / 酵素 / 光合成色素 / プロトン化状態 / 水素原子 |
研究実績の概要 |
フェレドキシン依存性ビリン還元酵素(FDBR)は、フェレドキシンから受け取った電子を使い、ヘム分解産物であるBVを還元してphytobilinを生合成する酵素の総称である。PcyAはFDBRの主要なメンバーで、BVのD環ビニル基を2電子還元し、中間体18EtBVを生成し、次にA環を2電子還元して最終生成物フィコシアノビリン (PCB)を合成する。反応解析の過程で、連携研究者の福山・和田らによりBVとの複合体の吸収スペクトルが大きく変わる変異体が見出されており(論文未発表)、BV近傍の水素結合様式の変化が考えられるが、実際のところは不明である。さらにそれに関連して、結晶中だけでなく溶液中でもAsp105には二状態が混在しているのか、また、その構造と吸収スペクトルとの相関を解明することも重要である。応募者は、これら残された問題を解決してPcyAの特異な反応機構を「水素原子レベル」の構造から完全に解明することを目的とし、今年度はIle86Asp変異体PcyAとBVの複合体(I86D-BV)の高分解能中性子結晶構造解析を行った。中性子解析用大型結晶は、通常の条件を大幅に変更して作製に成功した(論文投稿中)。また、中性子回折実験はドイツ・ミュンヘンのFRM IIの原子炉を利用した回折計、BIODIFFを用いた。常温測定で、1ショット65分間で、68.4°分のデータを収集した。波長は3.1 Åで、結晶の取り扱いは暗所で行った。その結果、分解能は約2.0 Åで、4つのピロール環全てがプロトン化していることは分かった。その他周囲のアスパラギン酸のプロトン化状態や水素結合様式がわかり、今後の他の変異体の中性子結晶構造解析の結果と合わせることで、吸収スペクトルとプロトン化状態の相関や反応へのアミン酸の寄与を明確にしたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画では、野生型PcyA-18EtBV中間体複合体, PcyA-PCB生成物複合体の中性子結晶構造解析を行う予定であった。少なくともH29年度には、反応中間体の18EtBVの単離方法は確立していたかった。しかしそれについては未だに成功しておらず、見通しが立っていない。一方でI86D変異体の中性子解析に成功した。I86D-BV複合体の中性子結晶構造解析を行うために大型結晶を作製することを目的として、蒸気拡散法やボタン透析法などの様々な結晶化方法を試みた。また、緩衝液や沈殿剤の濃度や種類、pHなどの結晶化条件を検討していった。さらに、室温X線回折実験を行い、Wilson plotで算出される温度因子から各結晶化条件で得られた結晶の評価を行った。また、結晶化相図を実験的に描き、溶解度曲線から大型結晶を得られる条件を探索した。得られた最適条件のスケールアップの結果、最長軸が約2.0 mmのI86D-BV複合体の結晶の作製に成功した。同一結晶を用いて放射光施設Photon FactoryのBL17AでX線回折強度データ収集を行い中性子回折データと併せたジョイントリファイメントを行った。その結果、BVがプロトン化したBVH+の状態を観測することができた。この結果は分光学と計算科学の結果と一致した。また、Asp105と変異導入したAsp86はどちらもプロトン化しており水素結合を形成していた。X線結晶構造解析で同定できなかった活性部位の水素結合ネットワークを同定することができた。 総合的に見て、大きな成功を収めていると自己評価できるが、未だに反応中間体の構造解析に成功しておらず、計画以上の進展とは言えない。
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今後の研究の推進方策 |
現在の状況から判断するに、生成物複合体の構造解析は難しいのではないかと感じている。反応中間体の単離方法は、当初は有機化学合成を考えていたが、いくつかの試みがうまくいっていないため、他の種から反応中間体18EtBVを蓄積するPcyA(AmPcyAと呼称)を精製し、反応を途中で停止させ、その後HPLCによって単離する方法を考えている。AmPcyAの精製には成功したが、今のところ収量が少ないことや反応条件が実現できておらず、18EtBVの単離には成功していない。そこで、反応に必要な条件をまず確立して、精製量の改善や反応に必要な酵素の精製なども行っていく。18EtBVが単離できれば、結晶化条件はある程度確立したものがあるため、大型結晶を生成する条件の検討を行う。 それとは別にAsp105をアスパラギン酸に変異したD105N変異体の中性子結晶構造解析を成功させたい。この変異体は、野生型やI86D変異体とは異なり、BVと複合体を形成した時の吸収スペクトルにおいて730 nm付近の吸収ピークが見られない。吸収スペクトルがBVのプロトン化状態の影響を受けることが示唆されているため、この中性子結晶構造解析を成功させれば、BVのプロトン化状態(あるいは周辺アミノ酸のプロトン化状態)と吸収スペクトルの相関関係を解明でき、計算化学で示唆されていたことを証明できる。また、赤外分光測定のデータがあるため、それらを併せた総合的な構造機能相関の研究を展開していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究代表者511円、分担者の森1643円、久保18975円が残った。赤外分光測定を担当する久保の支出は少なく、本プロジェクトにおいては物品費の額は小さい。研究打ち合わせの旅費が10万円のうち5万7千円余りであった。そのため、少し残額が多めであった。
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