がん細胞に増殖や細胞死を生じさせる様々な分子の存在が明らかになっているが、同一の分子であっても複数の相反する細胞機能を有することが多数報告されている。近年、細胞内の様々な酵素の活性は必ずしも一定ではないことが明らかにされつつあり、同一の分子であっても、細胞内で時間的あるいは空間的な活性のバリエーションが存在して、その違いにより異なる役割を担う可能性が指摘されている。本研究では、細胞の増殖や分化、細胞死などの機能制御を担うMAPキナーゼ(MAPK)に着目し、特に生細胞内でp38、JNK、ERKなどのMAPK活性化を光照射依存的に誘導する光学的MAPK活性操作を実現する新手法を確立し、これを用いてMAPKの動的な挙動ががん細胞の増殖や細胞死などの生理機能に果たす役割を明らかにすることを目的とした。本研究の成果として、定量イメージング法を用いた単一細胞レベルのMAPK活性の動態解析を実現し、HeLa細胞株(ヒト子宮頸がん由来培養細胞)では、炎症時に細胞増殖や細胞死を引き起こすIL-1βの刺激に対して、JNK活性が短時間しか活性化を生じないという性質を有すること、また、この現象がp38依存的なJNKの抑制に原因があることを解明した。さらに、本研究では光照射依存的なp38制御実験系の構築にも成功し、これを用いてp38の動的挙動が細胞にどのような影響を生じるかを検証したところ、p38活性を持続的に惹起させた場合、膜bleb様構造が顕著に増加することが見出された。様々な抗がん剤刺激や炎症性サイトカインにより活性化される細胞死シグナルにはp38やJNK下流の基質が関与すること、また、膜bleb形成は細胞死と密接に関わることが示されており、本研究で見出された持続的なMAPK活性を回避する機構はがん細胞が細胞死を回避するメカニズムとして働く可能性がある。
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