研究課題
ネムリユスリカの幼虫はカラカラに乾燥しても死なない。体内の含水量が3パーセント以下に落ちても、無代謝状態で乾燥に耐え、再び水に戻ると蘇生して活動と発生を続ける。この極限乾燥耐性(Anhydrobiosis)を実現するために様々な乾燥保護因子の他にトレハロースは必要不可欠である。トレハロースは乾燥時に細胞膜を安定化させ、ガラス化することにより細胞や生体分子を保護する。しかし、トレハロース合成の制御機構がまだ解明されておらず、保護機能以外にもトレハロースの転写制御機能や抗酸化機能への関与が示唆された。ネムリユスリカでは、トレハロース合成酵素のTPP、TPS、トレハロース分解酵素のトレハラーゼやトレハローストランスポーターTRET1などのトレハロース代謝に関わる遺伝子が同定されている。一方、ネムリユスリカ由来の培養細胞Pv11の常温乾燥保存プロトコールが開発され、RNAi遺伝子発現干渉法も確立された。本研究ではそれらの機能解析ツールを利用し、トレハロースの複合的な機能を調べる。特に乾燥幼虫の蘇生過程でトレハロースの分解により抗酸化能が高まるという仮説を検証する必要がある。今年度は特にトレハラーゼ機能阻害を中心に実験を進めた。ネムリユスリカの培養細胞と幼虫を用いて、乾燥後の蘇生過程におけるトレハロース分解の役割を調べた。
2: おおむね順調に進展している
29年度はまずネムリユスリカの培養細胞Pv11の乾燥プロトコールを改良し、600mMトレハロース培養液の雫をシャーレの蓋に裏返しして乾燥すると、再水和後の生存率が高いことが分かりました。更に三重染色(Hoechst-PI-Calcein AM)により細胞の生存率をより正確に評価できるプロトコールを確立した。前年度はPv11培養細胞を用いたトレハラーゼ遺伝子RNAi阻害実験により乾燥細胞の再水和後の増殖率が抑えられたことを確認できた。今回はトレハラーゼ阻害剤のValidoxylamine A (VAA)で処理したPv11細胞はVAAの毒性がないことを確認した上、乾燥・再水和後の生存率がコントロールの半分まで低下し、一週間後の増殖率も影響を受けた結果になった。Pv11細胞の結果を再現するためにネムリユスリカの幼虫を用いてトレハラーゼのRNAi阻害実験を行なった。その結果、トレハラーゼ遺伝子の発現阻害により乾燥幼虫の蘇生率が低下したが、遺伝子発現を確認したところ発現阻害は不明瞭だった。そのためVAAによる幼虫のトレハラーゼ阻害実験も行なった。その結果、再水和後48hにコントロールの50%に対しVAA処理区の生存率は5%程度だった。更に、トレハロース分解を確認する為にHPLCによりトレハロース量を測定した。再水和20h後にコントロール幼虫のトレハロース量は40%で低下した。それに対しVAA処理幼虫では乾燥幼虫のトレハロース蓄積が少ないという副作用があったものの、予想通りに再水和20h後にトレハロース蓄積の分解が認められなかった。次のステップでトレハロース分解と抗酸化能の関連性を証明する必要がある。カルボニル化たんぱく質を検出した結果、酸化ストレスが少なくとも再水和後48hまで被害をもたらしていることを確認できた。現在、VAA処理幼虫における総合抗酸化能を調べているところである。
まず、トレハロース分解と抗酸化能の関連性を証明する事は最優先である。トレハラーゼ阻害剤(VAA)で処理した幼虫の総合抗酸化能をCLETA-Sで評価し、NADPH量も測定する。コントロールの乾燥幼虫と再水和幼虫と比較し、トレハロース分解と比例した結果が得られるかを評価する。一方、ネムリユスリカの培養細胞Pv11においてもトレハラーゼ遺伝子のRNAi発現阻害を行い、同様に総合抗酸化能とNADPH量を測定する。そうすれば、再水和の際にトレハロース分解によるペントースリン酸経路の活性化とNADPH生産が総合抗酸化能を補充し、生存に必要不可欠であるという仮説を証明できる。最終年度であるため、トレハロース分解と抗酸化能の関連性を中心に実験を進める。当初の計画書に記載していたトレハロース合成酵素のTPS-alpha/betaの遺伝子発現制御に対する関与の仮説に関しては、上記の実験が順調に進んでいけば、最後に培養細胞Pv11を利用したRNAi実験により検証する予定である。
(理由)29年度の未使用額(15,199円)は注文した物品の予想金額と実際の金額の誤差から生じたものである。(使用計画)次年度の予算と合わせて研究資材の購入に使用する。
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