研究課題/領域番号 |
16K07328
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研究機関 | 中央大学 |
研究代表者 |
上村 慎治 中央大学, 理工学部, 教授 (90177585)
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研究分担者 |
箕浦 高子 中央大学, 理工学部, 准教授 (80300721)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 微小管安定化剤 / パクリタクセル / チューブリン分子構造 / X線繊維回折 / 微小管構造変化 / 高時間分解能 |
研究実績の概要 |
真核生物の細胞骨格の中で、微小管は、細胞の分裂、形態、移動、細胞内輸送などに関わる重要な構成要素となっている。その構造単位となるタンパク質、チューブリンは、溶液中ではαβダイマーとして存在し、それぞれにGTPが1分子ずつ結合した状態にある。このダイマーは、微小管内に取り込まれると、βチューブリン内のGTPが徐々に加水分解し、GDPチューブリンとなる。この時に起こる何らかの変化(分子の変形や縦方向の結合力の変化)が、チューブリンダイマーの構造変化を引き起こし、微小管の中のプロトフィラメント間の結合を弱め、微小管脱会合の引き金になると考えられている。このような微小管の構造上の安定性、熱ゆらぎや剛性などの物理的な特性、さらに、モータータンパク質やMAPsとの生化学的な相互作用は、微小管内のチューブリン分子の種別、物理化学的な特性、構造に大きく左右されると考えられる。その動態を生理的な条件下で探る手法は、貴重な知見を与えてくれる。 パクリタクセルは、子宮癌や乳癌の治療薬として使われている化学物質であるが、βチューブリンに結合し(結合部位は、微小管壁内部)、構造を安定化し、低温でも脱会合を起こしにくくさせる性質がある。分裂装置を安定化させることで、あるい、細胞内微小管を安定化させ分裂装置への組み込みを阻止することで、増殖を続ける癌細胞の活動を抑制するものとして、治療に使われている。これまでの当研究室の研究により、パクリタクセルとチューブリンダイマーとの量比が、1以下か、1以上かの違いで、微小管平均径(電子顕微鏡観察の報告では、主としてプロトフィラメント数の減少と考えられている、微小管内のチューブリン周期が伸長することが知られている。本研究では、高速化・高精度化したX線繊維回折法を用い、微小管の直径変化・縦方向チューブリン周期が、秒単位で起こり得ることを始めた確認できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
微小管の構造変化が、パクリタクセル結合後、どのような時間経過で起こるかは、その作用機構を知る上での重要な知見となる。これまで凍結電子顕微鏡像観察での報告で、プロトフィラメント本数が数十秒程度の早い時間で起こることが報告されている。さらに、我々はX線繊維回折の解析から、この変化が30秒以内に完了していることも報告している。X線繊維回折は、水溶液条件下での動的な変化を追跡できる点、微小管径やチューブリン周期の変動を0.001nmもの高い精度で計測できる点、多数(数100万本)の微小管の平均的な値を数0.2~10秒間程度の露光で決定できる点、温度変化や試薬添加の効果(前後比較)を調べることが容易な点で、非常に優れた手法である。本研究では、これまで当研究室で試行錯誤を重ね実用化してきた流動配向装置を用い、パクリタクセル添加直後の急速な構造変化を調べる実験を実施した。 今回、我々の前の報告と同じように、パクリタクセル添加でチューブリン周期が約3%の伸長する点が再確認できた。しかし、この変化が非常に速く、1秒以内で起こることが、今回の実験で明らかとなった。Diazらは、パクリタクセル添加で、2~3分で微小管プロトフィラメント数が変化することを凍結電顕法で確認しているが、今回の結果から、この報告に似た時間変化も確認できた。微小管径の変化は、2種のプロセス、つまり、速い収縮と遅い収縮に区別できると考えている。 X線繊維回折法を用い、秒単位の構造変化を追跡できるようになった意義は大きい。微小管の構造、微小管内のチューブリンダイマーの分子形態には、ある程度の可塑性、柔軟性があり、安定化剤の添加、イオン条件・温度条件で、どのように変化するかの追跡を行う実験は、今後、微小管構造の特性を理解する上で重要な知見を与えてくれるものと期待している。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の大きな成果は、微小管の構造変化が、秒単位で起こることを発見できた点であるが、その速度論的な議論を詳細に行うまでの充分な解析データは収集できています。これには次の3つの問題点解決が必須であると考えている。 1つ目は、回折信号をより高いS/N比で収集する点である。近年のX線検出器(直接検出器)の活用を試みたいと考えている。Pilatusなどのダイナミックレンジの高い検出器を用いることで、信号データの蓄積が容易となり、より高い精度の解析が可能になると考えられる。 2つ目は、試料の濃度を増やし、より強い回折信号を得るための実験装置の改良である。現在の試料厚の5~20倍のものを作成することにより、より速い信号変化を高い精度で追跡できるものと期待している。 3つ目は、微小管流動配向の原理を見直す点である、すでに論文発表している手法を改善して、より厚い試料溶液を用いて効率良く微小管を流動配向させるための装置を新しくデザインし、試みる計画である。 実験上の上記の技術改善により、0.01~0.1秒分解能での微小管構造変化を追跡できる実験手法として確立することを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
継続研究のため、2016年度余剰分を2017年度予算へ計上した。
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次年度使用額の使用計画 |
試薬購入費として使用予定である。
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備考 |
SPring-8/SACLA Research Frontiersに2017年に発表予定
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