研究課題
失われた体の一部を取り換えることは、動物では一般的によく見られる現象である。例えば魚類では鰭を失ったとしても機能的な組織を再び作り上げる事ができる。一方、ほ乳類は、組織や器官を丸ごと取り換える能力を持っていない。この違いについては、再生能をもつ動物が進化の過程でその能力を適応的に獲得してきたという説と、ほ乳類が進化の過程でその能力を失ってきたとする説が唱えられてきた。一方で、ゲノムの比較解析と遺伝子の機能の解析からは、脊椎動物の発生再生に関わる遺伝子は、その種類、数、機能が、進化的に高度に保存されていることが示されている。これら発生遺伝学や機能ゲノム学的な結果を鑑みれば、再生能の高い動物が進化の過程でその能力を獲得したというよりも、ほ乳類が進化にともない再生能を失った可能性が高く、その実体は遺伝子の消失よりも、再生に使う遺伝子の発現システムが変化したことが要因であると予想される。しかしながらこれまで、ほ乳類の再生能を失わせるに至った発現システムに迫った研究はほとんどない。そこで本研究は、両生類の再生に応答して活性化するゲノム領域を足がかりとして、非コードDNA領域に刻まれた再生能を失うまでの進化プロセスの解明を目指すものである。本年度は、1. 再生可能な動物間でのみ保存されている再生シグナル応答エンハンサーが存在するのか、2. ほ乳類のゲノムに再生可能動物の中で再生シグナルに応答して遺伝子発現を活性化できる領域が存在するのか、解析する予定であった。研究計画に基づいて研究を遂行し、両生類の再生過程での遺伝子発現の亢進を担うエンハンサーは、再生可能動物で保存されているゲノム領域を使っているのではなく、ほ乳類ゲノムにも保存されている領域を活用していること、また、ほ乳類のゲノムにも両生類の再生組織で遺伝子発現を活性化させることができるエンハンサーが保存されていることを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
進化の過程で再生能力を失う要因の1つとして、祖先種に存在した再生シグナル応答エンハンサーが、ほ乳類ゲノムで欠損している可能性が挙げられる。そこで本年度は、まずネフロンの再生に関わるlhx1のゲノム配列の比較解析を行い、ほ乳類にはなく、魚類と両生類の間で高度に保存されている17ヶ所の領域を抽出しした後、それら領域とEGFP遺伝子を融合したレポーターを構築し、トランスジェニックを作製した。次に、レポータートランスジェニック個体の腎管を破壊した後、レポーター遺伝子の発現の有無について検討した。その結果、17ヶ所のうち6ヶ所は、再生中の腎管でエンハンサー活性が認められなかった。一方、11ヶ所についてはエンハンサー活性が認められたのもの、これまでに同定した魚類からほ乳類の間で進化的に保存されている再生シグナル応答エンハンサーと比べると、極めて弱いことがわかった。これらの結果から、少なくとも、再生過程でのlhx1の発現を担うエンハンサーは、再生能の高い動物間のみで保存されているゲノム領域を使っているのではなく、ほ乳類ゲノムにも保存されている領域を活用していることが示唆された。次に、それら魚類からほ乳類の間で進化的に保存されているゲノム領域について、マウスの相同配列が両生類の腎管再生過程で、再生シグナルに応答して活性化する機能が保存されているのかについて検討した。その結果、マウスのゲノム領域は、両生類の再生中の腎管においてエンハンサー活性を示すことがわかった。このことから、ほ乳類のゲノムにも再生シグナルに応答して遺伝子発現を活性化するエンハンサー機能が保存されていることがわかった。
平成28年度の成果により、ほ乳類のゲノムにも再生シグナルに応答して遺伝子発現を活性化するエンハンサー機能が保存されていることがわかった。平成29年度はこれら成果を受け、ほ乳類の再性能を失わせた進化メカニズムの探索を行う。発生で使われた遺伝子が再生過程で再び使われるか否かは、抑制のエピゲノム修飾との強い相関が予想されるが、そのゲノム領域に抑制に関わるエピゲノム修飾関連因子を呼び込むメカニズムは全くわかっていない。そこで計画に従い、まず両生類の再生シグナル応答エンハンサーのほ乳類相同領域がいずれの抑制修飾を受けているのか解析するとともに、それら修飾に関わる因子をゲノムに呼び込む責任領域をトランスジェニック解析により探索する。
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すべて 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 1件、 査読あり 4件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 2件) 備考 (1件)
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