研究課題/領域番号 |
16K07366
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
廣田 順二 東京工業大学, バイオ研究基盤支援総合センター, 准教授 (60405339)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 嗅覚受容体 / 嗅神経細胞 / 神経分化 / 運命決定 / 転写因子 / 転写調節配列 |
研究実績の概要 |
嗅覚受容体ファミリーは、系統学的に魚類から哺乳類に共通して存在するクラス I型と陸棲動物特異的なクラスII型の2つに分類される。個々の嗅神経細胞は、クラス IもしくはII型の遺伝子レパートリーより一種類の遺伝子のみを選択的に発現する。嗅覚受容体遺伝子発現には、ベータグロビン遺伝子の遺伝子座調節領域のような転写調節配列(エンハンサー)が必要であるとされている。つまり嗅神経細胞のクラス I型かII型の二者択一的運命選択は、エンハンサーの選択とそれに続く単一遺伝子発現によって成立する。 これまでにいくつかのクラスII遺伝子のエンハンサーが同定されてきたが、クラスI遺伝子のそれは同定されていなかった。我々はマウス遺伝学的手法と情報学的解析を駆使することで、カモノハシからヒトに至る哺乳動物間で高度に保存されたクラスI遺伝子クラスターのエンハンサー(Jエレメントと命名)の同定に世界で初めて成功した。ゲノム編集技術を用いた解析の結果、JエレメントはクラスIクラスター全体を制御しており、これまでに例をみない規模で遺伝子発現を制御していることがわかった。また嗅神経細胞の運命決定を制御する転写因子Bcl11bがクラスIならびにクラスIIエンハンサーに及ぼす影響を解析した結果、Bcl11bが発現しない嗅神経細胞ではJエレメント(クラスI)が優先的に活性化されること、一方、Bcl11bが発現する細胞ではJエレメントが抑制され、クラスIIエンハンサーの活性化が許容されることがわかった。このことはBcl11bがエンハンサー活性の制御を通じて嗅神経細胞の二者択一的選択を制御していることを示している。また嗅神経細胞の運命選択の破綻が個体レベルの行動に及ぼす影響を解析し、嗅神経細胞のクラスに偏りが生じることで、生得的忌避物質に対する嗅覚行動が大きく影響されることを明らかにするこができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
計画1「Bcl11b機能欠失型および獲得変異型マウスを用いたBcl11bの細胞運命の制御機構の解明」では、当初の計画どおり実験を遂行した。その結果、Bcl11b機能獲得変異によってクラスI嗅神経細胞への運命選択が阻害されることがわかった。この結果は、Bcl11b機能欠損変異とは逆の結果であった。興味深いことに、神経細胞への最終分化後のクラスII嗅神経細胞特異的にBcl11bを欠損させても、細胞運命がクラスIへとスイッチすることがわかり、嗅神経細胞の運命選択の可塑性を明らかにすることができた。しかし逆にクラスI嗅神経細胞にBcl11bを強制発現した場合、クラスI遺伝子の発現は抑制されるが、クラスIIへの運命のスイッチはおきなかった。
計画2「嗅神経細胞のBcl11bが制御する標的遺伝子・ゲノム領域の同定」では、昨年度計画変更に記した通り、Bcl11b下流遺伝子の網羅的解析をMicroarrayからRNA-seqに変更して実施し、計画1で報告したBcl11bの細胞運命の制御機構を解明することができた。大きな進捗としては、これまで未同定であったクラスI遺伝子の転写調節配列(Jエレメント)の同定に世界で初めて成功したことが挙げられる(Nature Communications 2017)。またJエレメントのエンハンサー活性をBcl11bが負に制御していることを明らかにした。一方、ChIP-seqによるゲノムワイドでのBcl11bの結合部位の網羅的同定につては、マウス嗅上皮からのChIPの条件検討中である。 計画3「嗅神経細胞の運命選択の破綻が嗅覚行動に及ぼす影響の解明」では、嗅神経細胞クラスのアンバランスが個体レベルの嗅覚行動に及ぼす影響を解析した。計画通りに遂行し、計画1-3のデータをまとめて一つに論文として現在投稿中である。
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今後の研究の推進方策 |
研究計画2の「嗅神経細胞のBcl11bが制御する標的遺伝子・ゲノム領域の同定」のなかでBcl11bが直接結合するゲノム領域の網羅的解析をChIP-seqによって明らかにする予定である。培養細胞とことなり生体組織(マウス嗅上皮)からのChIP(クロマチン免疫沈降)の条件検討中である。操作が安定しない問題があるため、マウス嗅上皮からのクマチン免疫沈降に実績のある海外の研究者との共同研究も今後検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)計画2のうち、「Bcl11bが結合するゲノム領域の網羅的同定」の実施が次年度にづれこんだため。 (計画)上記課題を実施する。
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