本研究では、心臓、首、前肢などの構造が作られる過程に注目し、中胚葉領域パターニングの進化的背景を探る目的で、実験発生学的なアプローチを進めている。これらの構造ができる発生過程においては、さまざまな中胚葉系列(頭部中胚葉、側板中胚葉、体節)に由来する前駆細胞が筋、骨格、結合組織を形成する。主なモデルとして用いる円口類ヤツメウナギ(カワヤツメLethenteron camtschaticum)は、顎や対鰭などをもたず、祖先的な形質を保持した野生動物であるが、近年個体数が減少し、入手が困難である。また、人工的な継代が不可能であり、遺伝子の機能解析にあたってトランスジェニック系統を確率することができない。令和1年度は、前年度までに行った受精卵における遺伝子操作(ゲノム編集)による遺伝子破壊実験の表現型を解析し、個別の胚のゲノム配列解析を行った。またゲノムデータベースより、既知の遺伝子の非翻訳領域を同定し、それを利用した遺伝子プローブを用いてより鮮明に遺伝子発現領域を可視化することができた。さらに、鰓弓部後方に位置する神経堤細胞や中胚葉性組織に発現する遺伝子について、主にトラザメを用いた発現パターン解析を進めた。 以上の実験の結果をヤツメウナギとトラザメで比較し、羊膜類で得られている知見と合わせて検討した。その結果、1)筋前駆細胞の挙動に関わる遺伝子が脊椎動物の共通祖先に獲得され、軟骨魚類の分岐以前に重複し、筋肉の複雑なパターン形成を担うに至ったこと、2)トラザメの体節細胞のうち咽頭底の前方まで進展するもの、および鰓弓部背側の筋前駆細胞は、長期に渡って未分化状態が保たれ、非体節性の骨格との連携を確立しながら分化すること、3)顎口類の鰓下筋のうち最も前方のものは、顎口類の共通祖先で獲得されたノベルティであるらしいこと、が示唆された。
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