研究課題
研究代表者はこれまでの先行結果をもとに、シロイヌナズナのアクチン脱重合因子(Actin Depolymerizing Factor、ADF)が、細胞核の構造制御を介して病害応答に関わる遺伝子発現を制御している、との仮説を立てた。本研究課題はこの仮説の検証を目的としており、遺伝子発現制御に関する新たな機構を明らかにする基盤研究、また植物病害の新しい防除法確立に向けた基盤研究としての意義を持つ。上述の目的達成のため前年度は(1)adf変異体における細胞核の形態解析、(2)adf変異体を用いたマイクロアレイ解析、の2つの解析を進めたが、本年度はそれに加え、(3)細胞核内アクチン繊維の可視化解析、(4)アブラナ科炭疽病菌に対するadf変異体の表現型解析、(5)植物サイズに関するadf変異体の表現型解析を行った。(1)については、前年度から進めていたadf変異体と細胞核構造マーカーラインとの掛け合わせを更に進め、ホモラインを得た。(2)については、前年度行ったマイクロアレイ解析の結果を解析し、adf変異体で発現が変化しており、病原体応答に関わっていることが予想される遺伝子を同定した。またこれらの候補遺伝子について、リソースセンターより変異体を取り寄せ、変異体ホモラインの単離を進めた。(3)については細胞核内のアクチン繊維を可視化するためのコンストラクトを作成し、植物体に導入した。(4)については、adf変異体が、これまで明らかにしていたうどんこ病菌に対する抵抗性の亢進に加え、アブラナ科炭疽病菌に対する抵抗性をも亢進させることを明らかにした。(5)については、adf変異体の植物サイズが野生型よりも有意に大きいこと、またその植物サイズの増加がプロイディの増加と細胞サイズの増大に由来していることを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
研究代表者は、ADFが細胞核内のアクチン繊維の構造や動態を制御することによって核内のクロマチン三次元構造を制御し、遺伝子発現に影響を与えているとの仮説を立てている。この仮説を裏付ける結果としてこれまでに、adf変異体でヘテロクロマチンサイズが有意に減少すること、遺伝子発現が大きく変化しており、さらに遺伝子発現変化を示す遺伝子群が、染色体上でクラスターを形成していることを明らかにしている。さらに平成29年度は、細胞核におけるADFの機能を明らかにするため、核内アクチン繊維を可視化するためのコンストラクト(Lifeact-GFP-NLS)を作成し、植物体に導入した。形質転換植物において、通常生育状態ではLifeact-GFPは細胞核全体に拡散し、繊維状構造は認められなかったが、核内アクチン繊維を見るためには特殊な生育状態に置くことが必要である可能性があり、今後さらに詳細に解析する予定である。また、adf変異体はうどんこ病菌に対して強い抵抗性の亢進を示すことを報告しているが(Inada et al., 2016 Plant Physiology)、それに加えてアブラナ科炭疽病菌に対しても強い抵抗性の亢進を示すことを明らかにした。また、新たなadf変異体の表現型として、植物サイズが大きくなることを定量的に明らかにした。植物サイズが大きく、病原体抵抗性が高まるという形質は、育種の上で非常に有用であり、ADF研究の重要性をさらに裏付ける結果となった。
今後は当初の研究計画に沿って、細胞核形態マーカーラインの使用によるadf変異体の細胞核形態についての詳細な解析、作成した核内アクチン繊維可視化ラインの観察、ADFによって発現制御を受けると考えられる候補遺伝子の機能解析を進め、ADFが細胞核内のアクチン繊維の構造を制御することにより細胞核内構造の形態を制御していること、さらに病原体への応答には、ADFの核内構造制御を介した遺伝子発現制御が重要な役割を持つことを明らかにする。当初シロイヌナズナを宿主とする病原体としてうどんこ病菌を用いた実験を計画していたが、奈良先端大で管理されていたうどんこ病菌が研究初年度に死滅したため、この実験の遂行が不可能になった。その後、うどんこ病菌の代替としてアブラナ科炭疽病菌を試験したところ、この病原体に対してもadf変異体は抵抗性亢進の表現型を示すことがわかった。今後は、まず、これまでに作成したadf変異体と植物ホルモン変異体との二重変異体、adf変異体の相補株などを用い、アブラナ科炭疽病菌に対するadf変異体の抵抗性亢進の機構がうどんこ病に対する抵抗性亢進の機構と同一であるかどうかを確かめる。同一であることが確認された場合、上述の、ADFによる発現制御を受けると考えられる候補遺伝子について、アブラナ科炭疽病菌応答時の発現変化を解析し、さらにノックアウト変異体を用いた機能解析を行うことにより、ADFによる遺伝子発現の制御が病原体応答に重要な役割を持つことを確かめる。
本研究の申請当初は東大に所属しており、病原体を使った実験を奈良先端大で行うための出張旅費を申請していたが、採択後に奈良先端大に異動したため、予定していた出張旅費の出費が抑えられた。また、納品業者の検討、消耗品の効率的な使用により、当初消耗品として予定していた出費が抑えられた。これらの理由により、次年度使用額が生じた。これまでは、機器などの備品が整備された奈良先端大の研究室所属の研究員として研究を行っていたが、平成30年度から大阪府立大で独立して研究室を持つことになったため、未使用予算については新しい研究室で本研究を遂行するために必要な備品・消耗品費の購入に使用する計画である。
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