研究課題/領域番号 |
16K07429
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研究機関 | 甲南大学 |
研究代表者 |
向 正則 甲南大学, 理工学部, 准教授 (90281592)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 環境情報の世代間伝達 / 栄養条件 / エピジェネティックス |
研究実績の概要 |
近年、ゲノムDNAの遺伝情報だけでなく、栄養条件などの環境情報を配偶子が次世代に伝達することが明らかになっている。この情報伝達に関わる分子機構を解析することを目的として、本年度は、ショウジョウバエを使った実験系の開発を試みた。先行研究から、母親ハエに高カロリーの餌を与えることにより、次世代の子 (F1) の代謝状態、代謝関連遺伝子の発現が変化することが示されている (TMP現象)(Buescher et al., 2013)。実際に、高カロリーの餌(通常の3.4倍のグルコースを含む、HS条件と表記)と低カロリーの餌(通常の半分量のグルコースを含む、LS条件と表記)を使って、親の栄養条件が子に与える影響を調べた。HS条件下で成熟させた成虫雌と雄を交配し、交配の結果得られたF1をLS条件下で飼育したもの(H-L)と、LS条件下で成熟させた成虫雌と雄を交配し、そのF1をLS条件下で飼育したもの(L-L)の間で、F1に対する影響を調べた。LS条件と比較して、HS条件下で卵が成熟することで、F1に母性供給される栄養が多くなると考えられたため、H-L のF1の発生がL-Lのものと比較して早くなると予想し、F1の発生速度に注目して解析を行った。しかし、予想に反して、H-L のF1と比較して、L-LのF1が早く成虫になる傾向が明らかになった。通常の餌で飼育した成虫のF1をLS条件で飼育するだけでは、発生を促進する効果は見られなかった。さらに、雌雄の親をともにLS処理することにより、F1の発生が促進されることが分かった。これら結果から、栄養条件が親から伝達され、このことがF1の発生速度に影響を与えた可能性が示唆された。本年度の研究により、F1の発生速度を指標にTMP現象を評価することが可能になった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、研究の基盤となるTMP現象の性質を理解するために、現象そのものに注目して解析を行った。解析を進める上で、次の点に注意しながら研究を進めた。先行研究(Buescher et al., 2013)は、高カロリーの食事の影響を解析することを目的とした基礎医学的な研究であるため、高カロリー餌の効果に研究の焦点がある。しかも、高カロリーの餌を摂取した雌親から栄養そのものがF1に伝わる影響が考えられ、そのことが二次的にF1の代謝産物量の変動、代謝酵素の発現量の変化に与える可能性が残される。私たちは、基本的な実験条件の設定(実験に使用するグルコースの濃度、HSあるいはLS条件下での処理時間、F1の表現型解析など)を詳細に行い、その過程において、上述の新しい現象を見出すことに成功した。H-L のF1と比較して、L-LのF1が早く成虫になることから、雌成虫から卵を介してF1に栄養そのものが供給されるのではなく、栄養に関わる環境情報が親から伝達されることを強く示唆する。また、HS条件よりむしろLS条件が親からF1に伝達され、LH条件下におけるF1の発生に有利に働き、発生を促進した可能性が考えられる。新たな現象の確認に時間がかかったが、栄養という環境情報が親から子に伝達されるという現象の理解に重要な知見が得られたと評価できる。また、先行研究では、TMP現象を評価するためには、代謝産物量や、代謝酵素の発現量を検出しているが、この現象に関わる分子機構の遺伝学的解析には、これらの生化学的手法による解析は不向きである。今年度の研究結果から、F1の発生速度を比較解析することで、簡便に栄養情報が親から子に伝達されるという現象を評価することが可能になった。今後の解析に有効な実験系ができあがりつつあるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究から、LS条件が親からF1に伝達される可能性が強く示唆される。次年度は、このことを検証するために、通常の濃度グルコースを含む餌 (N条件)と通常の半分量のグルコースを含むLS条件との間で、F1の発生に対する影響を調べる予定である。LS条件が親からF1に伝達されるならば、LS条件に注目し、HS条件とLS条件の差が親からF1に伝達されるならば、HSとLS条件の解析を続ける予定である。これまでに作製した機能アッセイ系を用いて、環境情報の世代間伝達に関わる遺伝子を遺伝学的に探索することを試みる。世代間伝達にヒストン修飾を中心としたエピジェネティックな制御機構が関与する可能性が考えられる。そこで、ヒストン修飾酵素をコードする遺伝子(nej, Set2など)を中心に既存の突然変異体(ヘテロ接合体)をN-L条件およびL-L条件下で交配実験し、野生型と比較して、F1の発生促進効果が見られなくなる突然変異体を探索する。この遺伝学的解析と平行して、LS条件が卵巣中でのヒストン修飾状態にどのような影響を与えるかを免疫組織化学的に解析し、低グルコース条件に反応して、増減するヒストン修飾の種類と、ヒストン修飾が変動する細胞種を特定する。低グルコース条件により増減するヒストン修飾がなんらかの形で環境情報の世代間伝達に関わる可能性が示唆される。これらのヒストン修飾を触媒する酵素をコードする遺伝子の突然変異体を使って、上述の機能アッセイを行い環境情報の世代間伝達に関わるかを検討する。また、卵巣中でヒストン修飾が変動する細胞が低グルコース条件の感知と世代間情報伝達との間の要になる細胞と考えられる。遺伝学的解析と免疫化学的解析から、環境情報の世代間伝達に関わる遺伝子と細胞種の探索に挑戦する。
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