社会性昆虫の階級分化は、外部環境要因と巣仲間同士の社会的相互作用で誘導される「表現型多型」の例である。一般に幼虫の段階では分化全能性があり、階級の運命は後天的に決まるが、遺伝・環境要因で先天的に決まる例も知られる。近年、階級運命が環境要因で先天的に決まるメカニズムとして「母性効果(=環境情報の母子間伝達)」が注目されている。本研究では、社会性昆虫であるハクウンボクハナフシアブラムシにおけるコロニーの協調と制御の仕組みを理解するべく、個体間コミュニケーションの実態と母性効果を介した階級/モルフ分化の制御機構を解明することが目的である。 今年度は、昨年度に引き続いて本種の階級/モルフ分化に関与する環境要因を特定し、社会制御における母性効果の役割について検討した。本種は不妊の兵隊階級の他、季節に応じて翅型、性、生殖様式の異なる多様なモルフを産生する。春から夏にかけてゴール内では無翅虫が単為生殖で増殖を繰り返し、夏至を過ぎると翅芽虫が現れ、秋には有翅産性虫としてゴールを脱出する。野外コロニーの解析から、兵隊や有翅産性虫の出現比率はいずれもアブラムシ密度・日長・温度と高い相関を示した。そこで人工飼料を用いて室内でこれら3要因(密度・日長・温度)を様々に操作し、階級/モルフ分化におよぼす影響を観察した。その結果、本種の階級/モルフ分化には3要因が複合的に働いており、特定条件の組合せで兵隊や有翅虫が排他的に分化誘導あるいは抑制されることを見出した。高密度・長日・中温の条件下では兵隊が、高密度・短日・高温の条件下では有翅産性虫が排他的に分化誘導された。有翅産性虫の分化には、親子2世代にわたる短日条件の経験が必要で、日長情報は母性効果で親から子に伝わることもわかった。季節的変動環境下における本種の母性効果を介した社会制御機構とコロニーの適応度を上昇させる戦略について深い洞察が得られた。
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