本研究は単系統群を形成するハゼ科ベニハゼ属・イレズミハゼ属を対象に配偶システム(一夫多妻,または一夫一妻)を決定する遺伝的基盤とその系統進化を示すことを目的とする.申請者らはベニハゼ属・イレズミハゼ属について配偶システムを野外調査し,さらに配偶システムを制御すると考えられる脳内神経葉ホル モンであるバソトシン(VT)/イソトシン(IT)に注目し,特に遺伝子 の発現様式の変異,つまり転写調節領域の変異を解析し,配偶システムの異なる種間で比較する. これまでの研究により、カスリモヨウベニハゼT. marinae(以後、一夫一妻種と表記)の一夫一妻の成立には、(1) 雌による継続的なパートナー選好性の獲得、および (2) 雌によるパートナー防衛行動が寄与することが明らかになっており、行動薬理学的な操作実験から (1) にはITが、(2) にはVTが関与することが実証されている。これらの実験はVT、ITおよびペプチド性の各受容体拮抗剤を腹腔内に投与することで実施したが、一般的に体循環中のペプチドは血液脳関門の存在によって脳実質へ到達しないと考えられている.そこで本実験結果が中枢性の効果に依るものであるかは明らかでなかった。そこで、蛍光色素エバンスブルー(投与されると血中のアルブミンと速やかに結合し複合体を形成する)を本種の腹腔内に投与し、低分子量タンパクが脳実質へ到達するかを観察した。組織実験系を最適化したことで、投与2時間以後に固定した個体では脳内の広範囲にエバンスブルー_アルブミン複合体の血管外漏出と思われる蛍光シグナルを確認することができている。これは、先行研究の結果がVT、ITの中枢性の効果によって得られたものであることを強く示唆する結果である。
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