研究課題/領域番号 |
16K07514
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研究機関 | 三重大学 |
研究代表者 |
河村 功一 三重大学, 生物資源学研究科, 教授 (80372035)
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研究分担者 |
宮崎 多惠子 三重大学, 生物資源学研究科, 准教授 (60346004)
小林 秀司 岡山理科大学, 理学部, 准教授 (50260154)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 定着成功 / 感覚適応 / 創始者効果 / ゲノム解析 / 局地適応 / 侵略的外来種 / 遺伝的多様性 / 比較解剖 |
研究実績の概要 |
ヌートリアの定着成功における種の特性を適応的観点から明らかにするため、行動生理、比較解剖、分子特性の3点からアプローチを行い、定着成功の要因を探った。 1)行動生理:味覚による行動特性を調べるため,餌の違いによる嗜好性を調べた.その結果,ヌートリアには,嗜好性の高い餌,低い餌,どちらともいえない餌の3つが存在するが,嗜好度は,餌料の糖度や酸度といった化学指標では評価できず,また嗜好度の違いに個体差が見られ,同一個体であっても馴化により嗜好度が変化することが判った.この事から,ヌートリアは,餌に対し鋭い化学的感受性を持つだけでなく,感受性が個体毎に異なる可能性が覗われた。2)比較解剖: ヌートリアの視覚機能を近縁種と比較するため、チンチラ、モルモット、デグーの眼球形質について解析を行った。チンチラとデグーはヌートリアと同じ茂みの間における物体視認に適したスリット型の瞳孔であるのに対し、高地の穴の中に生息するモルモットは円型であることから、げっ歯類の瞳孔の形状は野外における生息環境に対応することが覗われた。頭胴長に対する眼球径の比はヌートリアが1%であるのに対し、他の3種は4-5%と大きく、また、眼球径に対する眼球厚の比もヌートリア(77%)が最も小さかった。このことからヌートリアは体の大きさに対して眼の焦点距離が極めて短い極端な近眼であると推定された。3)分子特性: OR遺伝子について近縁種であるデグー、チンチラと比較を行った。その結果、ヌートリアの嗅覚受容に置いて重要とされるFamily 5は種レベルで単系統性が見られ、本種の進化に伴う嗅覚能力の獲得が考えられた。MS解析において濃尾集団の遺伝的多様性は岡山集団の2/3であったが、OR遺伝子について見た場合、両集団間で対立遺伝子の数に有意差は見られず、嗅覚適応は遺伝的浮動の影響を殆ど受けないことが覗われた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(河村)近縁種との比較によりヌートリアの進化に伴う嗅覚適応の獲得を明らかにすることに成功した。また、中立遺伝子であるマイクロサテライトとの比較により、嗅覚適応に関連した遺伝子は創始者効果等の遺伝的浮動の影響を殆ど受けないことを明らかにした。しかしながら、本年度予定していた味覚受容に関連した遺伝子については、十分な解析を行うことが出来なかった。 (宮崎)ヌートリアの眼球形質並びに網膜組織の特徴から、本種の視力は低く中心窩も存在しないものの、視覚器に対して大きなレンズを持つことにより集光力をあげて暗所に適応していることが示された。近縁げっ歯類との瞳孔形状の比較により、スリット型と円型の違いは野生での生息環境を知る有効な指標であることが見出された。ヌートリアは他のげっ歯類に比べて体の大きさに対して眼球が小さく、また角膜から網膜までの焦点距離も短いことから、げっ歯類の中でもとくに近眼であると推定された。 (小林)一昨年度に行ったオペラント条件付けおよび馴化脱馴化法による弁別学習による可聴域や視覚野の試験や,昨年度におこなった餌料に対する選好性試験によって,ヌートリアの行動特性が一定程度明らかになった.これら実験の結果は,ヌートリアが高い学習能力を持つことや,周囲の環境変化に対して高い洞察力を持つことを示している.さらには,個性とも呼ぶべき行動特性が個体ごとに違いが見られことや,この行動特性が,実験の過程で馴化を起こして変化することも観察された.すなわち,外来種としてのヌートリアは,単に,新規の環境に適応しやすい行動特性を持つと言うだけでなく,繁殖集団としても幅広い行動特性を有し,多様な環境に対して集団のうちの誰かが生き残るという生活戦略を採用している可能性を示唆するものである.
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今後の研究の推進方策 |
(河村)味覚受容に関連した遺伝子の特定ならびにその特徴を明らかにする。また、近縁種と比較する事により、ヌートリアの進化における味覚適応の実態を解明する。また、MHC等の適応関連遺伝子についても解析を行い、地域集団レベルでの適応能の高さについても考察する。 (宮崎)網膜の分化度を他のげっ歯類と比較するため、すでに入手済みのチンチラ、モルモット、デグーの網膜組織から視細胞密度、中心窩、視力等を解析する。本年度に実施できなかった視物質遺伝子解析を遂行し、アミノ酸配列からヌートリアと他げっ歯類3種のロドプシン吸収波長を明らかにする (小林)ヌートリアは純粋な草食動物であり,後腸部に備えた特殊な発酵器官のために効率よくタンパクやビタミン類を自家生産できるため,基本的には肉食は必要ないと考えられる.昨年度は,イシガイをヌートリアに摂食させて肉食に対する予備的な試験を行ったが,本年度はこれをさらに拡大し,ドブガイ,ササノハガイ,マシジミの3種を加えて淡水性二枚貝に対する嗜好性実験を行う予定である.19世紀の古典によれば(ハドソン「ラプラタ川の博物学者」)ヌートリアは実に良く鳴く動物であるという.実際,ヌートリアの身体特性ならびに生息環境を考えると,個体間のコミュニケーション手段としてボーカリゼーションは有効な手段と考えられるが,これまでほとんど研究されていない.そこで,ヌートリアの行動特性を解明する手段としてボーカルコミュニケーションに着目し,ヌートリアの発する音声のパターンを特定し,目録を作成する予定である.
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次年度使用額が生じた理由 |
視物質遺伝子ならびに味覚遺伝子の解析の遅延によるものであり、視物質遺伝子解析の遂行に係る試薬、SQ解析費等確保のため、必要とされる経費を繰り越してある。また、H30年度は英文雑誌への論文投稿を計画しており、英文校閲のための費用も含めてある。
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