我々現生人類は様々な適応的進化を遂げてきている。しかし精神機能における適応的進化については、よく分かっていない。我々の以前の研究から、ヒト独自に脳特異的シアル酸糖鎖(ポリシアル酸)を介した脳細胞間の相互作用が出現し、ヒトとしての高次精神機能の獲得に関わっていることが示唆されている。そこで、このヒト特異的脳細胞間の相互作用の構成分子である、ヒト特異的に脳発現を獲得しポリシアル酸を認識するSiglec-11、ポリシアル酸を合成するST8SIA2、ポリシアル酸が付加される神経細胞接着因子(NCAM)の現生人類での進化を調べることで、現生人類の精神機能の適応的進化について検討を行った。 最終年度において、主としてST8SIA2およびNCAMに関して知見を得た。ST8SIA2については、統合失調症の発症にかかわるプロモーター領域にある3つの多型サイトのハプロタイプ(プロモータータイプ)に関して、発症に対して抵抗型であるCGCタイプは、リスク型である他のタイプに比べて有意に低いプロモーター活性を示し、約2万年前から東アジア集団で正の自然選択の対象となっていることを見出した。一方NCAMについては、統合失調症の発症にかかわる多型を中心に解析したが、正の自然選択は検出されなかった。 研究期間全体を通して、ヒト特異的な脳細胞間の相互作用は、Siglec-11における前適応的な進化を背景として出現しており、その出現後に現生人類において適応的に進化していることがわかった。ST8SIA2に働く正の自然選択が、社会や文化の変化に起因する心理社会的ストレスへの適応であるとみられるため、ヒト特異的な脳細胞間の相互作用は、高次精神機能の獲得に働くとともに、心理社会的ストレスへの耐性獲得を通して東アジア集団における社会や文化の発展の遺伝的基盤となったかもしれない。
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