本研究の目的は、ミトコンドリア機能を利用して麹菌固体培養を改良することである。麹菌 Aspergillus oryzae は植物バイオマスの糖化酵素(セルラーゼ、キシラナーゼ、アミラーゼ)を高生産し、米ぬかや小麦ふすまなど植物バイオマスを用いた固体培養で良好な生育を示す。液体培養に比べて固体培養では酸素にさらされ、菌体内で活性酸素種 (ROS) が発生する生育環境にあるため、麹菌の酸化ストレス応答は特に重要な環境応答システムである。前年度までの解析から、麹菌の類縁菌である Aspergillus nidulans において、ROS の無毒化酵素 (Mn-SOD) を欠損すると、ミトコンドリア内で ROS が発生し、酸化剤であるメナジオンに対して感受性を示すこと、分生子形成能が低下することが明らかになった。すなわち、糸状菌の正常な生育にはミトコンドリア機能が不可欠であり、機能低下しないミトコンドリアへの改変によって、環境ストレスに影響されない麹菌の固体培養が可能になると考えられた。ミトコンドリア機能を改変した麹菌では、糖化酵素の生産性が向上する可能性も期待された。本年度は、A.nidulans の SOD 欠損株から分生子形成の回復した復帰変異株を単離し、その変異部位を同定しすることで、ミトコンドリア機能低下による分生子形成の減少を防止する手がかりを得ることにした。Mn-SOD 欠損株の培養の過程では複数の復帰変異株が得られた。これらの復帰変異株では、欠損株で観察された複数の表現型のうち、グルコース培地での分生子数の回復とグリセロールを単一炭素源にした生育の回復が観察された。復帰変異株から染色体を抽出し、ランダムにプラスミドベクターに組み込んだライブラリーを調整し、Mn-SOD欠損株に導入することで、復帰変異部位の同定を試みているところである。
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