研究実績の概要 |
前年度までに、1,2-ジアシルグリセロ脂質(1,2-DAG)の動的配座は、sn-3位の置換基の種類によって大きく変動することを明らかにした。平成29年度は、グリセロ糖脂質、並びに硫酸化グリセロ脂質の化学合成をおこない、その一部について動的配座解析を行った。 <sn-3位に様々な置換基が結合した1,2-DAGの化学合成>市販の光学活性 (S)-グリシドールとガラクトース(Gal)を出発原料に用いて、脂質部位にパルミチン酸 (C16) 、極性部位にbeta-Galを導入した1,2-DAGを合成した。また、蛍光試薬ダンシルクロリドをsn-3位の水酸基と反応させて、発蛍光性硫酸化グリセロ脂質を化学合成した。<動的配座の解析> 発蛍光性硫酸化グリセロ脂質の動的配座を、筆者らの1H-NMR-Karplus法で解析した。その結果、硫酸化グリセロ脂質の脂質部位(sn-1,2部位)は無秩序に自由回転し、その動的挙動は、リン脂質の挙動と大きく異なることが判明した。<グリセロ脂質の動的配座とその規則性>これまでに、筆者は、様々な置換基を3位にもつ1,2-DAGを合成して、独自の解析法(1H-NMR-Karplus法)で動的配座を解析してきた。今年度、硫酸化グリセロ脂質を新たに合成して、詳しい解析を行った。その結果、グリセロ脂質の配座挙動には一定の規則性が存在し、その規則性はリン脂質や糖脂質にも適用できることを見出した(2017年、Beilstein J. Organic Chemistry、Chemical Biology特集号に招待執筆)。その規則性は、長鎖脂肪酸が結合した1,2-DAGだけではなく、芳香族アシル基からなる1,2-ジベンゾイルグリセロールにも当てはまることを明らかにした(Tetrahedron Asymmetry, Dr. Haward Flack を偲ぶ特集号に招待執筆)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
平成28年8月と9月に、溶媒回収装置(3台のうち1台)並びに、真空乾燥用の油圧式ポンプ(2台のうち1台)が故障した。修理の予算要求(学内経費)と実際の修理に3か月を要したため、実験のうち、とくに、マイコプラズマ糖脂質抗原のモデル化合物の合成が、当初の計画に比べて遅延した。これに伴い、平成29年度に予定していたの関連糖脂質を対象とする動的配座解析の一部が未完成に終わった。 上述した機器の故障によって合成計画が遅延したが、合成実験ができない時間を、これまでに取得したデータの机上解析と論文作成に利用した。特に、グリセロ脂質の動的配座の挙動に、何らかの規則性がないか、理論計算と統計学処理を行って検討をすすめた。その結果、当初、まったく予想していなかった「規則性」を見出すことができた。 グリセロ脂質の動的配座は、脂質部位(sn-1,2炭素軸)の自由回転によって、gt, gg, tgと3種の回転配座を与える。従来、この3種の配座は、置換基間の立体反発、クーロン相互作用、ファンデルワールス力、双極子モーメントなど、多くの立体的要因の総和にであり、それらの平衡(存在比率)には相関性はないと考えられてきた。本研究で見出した「規則性」から、相関関係を表す「一般式」を導き出すことができ、ドイツの化学分野英文誌(Beilstein J. Org. Chem.)に報告した。また、同規則性を他の化合物を用いて検証し、その結果をTetrahedron Asymmetry (Haward Flack博士の追悼号)に報告した。この「規則性」は、リン脂質、糖脂質、中性脂質、その他に各種合成脂質の全般に適用可能である。本成果は、グリセロ脂質の立体化学的研究にとって、従来の基本概念を一新するものであり、マイコプラズマ糖脂質の研究をもとより、関連するグリセロ脂質研究は、大いに進展すると確信する。
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