研究実績の概要 |
マイコプラズマ肺炎菌 (M. pneumoniae) の細胞膜には、主要構造成分であるリン脂質とコレステロールに加えて、β結合型二糖(Glc-Gal, Gal-Gal)を極性基にもつグリセロ糖脂質が存在する。筆者らは他に先駆けてそれらの化学構造を化学的に決定し、マイコプラズマ肺炎菌が生産する種特異的抗原であること、マイコプラズマ感染の確定診断法に利用可能であることを明らかにしてきた。本研究では、これた細胞膜糖脂質が、マイコプラズマ肺炎菌の生命活動に、どのような役割を演じているのかを、立体化学的なアプローチから検証をすすめた。特に、筆者らの立体選択的重水素化法と1H-NMRスペクトル法を用いたグリセロール部位の動的配座解析を行った。平成30年度は、本糖脂質の基本骨格を形成する1,2-ジアシルグリセロール(1,2-DAG)の動的配座挙動を基質濃度を変化させて解析を行った、その結果、1,2-DAGは非極性溶媒(クロロホルム)中で、濃度依存的に水素核のケミカルシフトと結合定数が同時に変化することが明らかになった。1,2-DAGのsn-3水酸基を塩素原子に置換した誘導体を作成し、同様の試験を行ったが、濃度依存性は観察されなかった。このことから、1,2-DAGがもつsn-3位水酸基が分子間相互作用に関与していると考えられた。相互作用の解析から数百mMレベルで働く弱い2分子間相互作用であること、濃度上昇とともに脂質部位のゴーシュ配座が安定されることなどから、水酸基とカルボニル基との水素結合を介する二量化が起こると考えられた。1,2-DAGは、極性溶媒との相互作用に基づく動的変化に加えて、自己集合化による動的変化を示す特異な分子であることが判明した。一方、sn-3位水酸基にβGalを結合したグリセロ糖脂質はクロロホルムへの溶解性が低いことから濃度依存性を確認することはできなかった。
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